はてなキーワード: フランス人とは
人間には感情がありことに理性もまた感情によって制御されていると思うが、他人は他人の事が理解できない場合があるという人類普遍の常識が飲み込めないお前では会話にならない
それ人類の歴史を振り返れば、近代法がでくるまでにフランス人は何回もの戦争と革命の血を流し、フランス近代市民法がでけたのも、16世紀ごろの話である
クルド人も、アフガニスタン人も、トルコへの反感をもって僻地においやられ、テロ行為を繰り返している。それだけ、話しても分からないというのが、人類の常識である。
日本では、 ツンデレという専門用語で呼ばれいる。ツンデレとは最初の起源では、明るいところで対面しているときは喧嘩しているが裏ではデレデレしているというのを言っていたが
これがことにブサイクの世界に成ると、対面しているときは全く交渉にならず互いに嫌悪しているが、家で寝ているときはデレデレしているというものである。
パリ在住フランス人研究者が「日本語の起源」を追究する理由。文字なき時代の古(いにしえ)の姿はここまでわかった! - 社会 - ニュース
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/wpb.shueisha.co.jp/news/society/2024/05/28/123352/
日本語は、大昔はどのような姿だったのか? 文献の記録がない時代はどんな発音で、どんな単語があったのか? そんな疑問に答える本が出た。
われわれが話す日本語の祖先の姿に迫る画期的な方法をまとめたこの本の著者のひとりは、なんとパリ在住のフランス人、トマ・ペラール氏。
@ThomasPellard
Research scientist @CNRS 🇫🇷 historical-comparative linguistics, archaeolinguistics, phylolinguistics, geolinguistics, endangered languages, languages of Japan.
https://x.com/ThomasPellard/status/1796166752012824685/photo/1
https://x.com/ThomasPellard/status/1796474339052896519
週プレのインタビューがプチバズっていますが、日本語の起源についてもっと知りたい方は
@yosukeigarashi さんとの対談記事「日本語と琉球諸語のルーツをひもとく」もあわせて読んでください⬇️ (こっちはグラビア👙なし)
特集「危機」と「ルーツ」② : 日本語と琉球諸語のルーツをひもとく
https://kotobaken.jp/digest/13-1/d-13-02/
どのような変遷をたどったのでしょうか?
また、それらはどのようにして分かるのでしょうか?
五十嵐陽介さんに聞きました。
ペラール:もともと日本の伝統文化に興味があって、人類学や民俗学をやろうと思っていました。途中で、言語の研究の面白さに気付いたのです。そして、日本語がどのように変化してきたのか、今の日本のことばがどのように成立したかについて研究を始めました。
すると、日本語の歴史を研究するには琉球諸語のデータが絶対に必要だと分かり、琉球諸語の研究を始めたのです。五十嵐さんと初めて会ったのは、フィールドワークで訪れた宮古島でしたね。五十嵐さんは、まだ日本語の歴史については手を付けていなかったと思います。
ペラール:琉球列島で話されていることばは、長い間、日本語の方言と見なされてきました。しかし日本語と通じないほど違うため、現在では日本語とは異なる言語とみなされています。また、琉球列島の中でも島や地域ごとに互いに通じないことばがあることから、まとめて「琉球諸語」と呼んでいます。
琉球諸語につながる言語と日本語は、いつ分岐したのでしょうか。
ペラール:奈良時代(8世紀)以前ということは、研究者の意見が一致しています。
文献から、奈良時代にどのような音の区別があったかが分かります。
さらに、文献にある言語の状態からそれ以前の言語の状態を理論的に推定する「内的再建」という歴史比較言語学の手法を使い、奈良時代以前には音の区別がもう少し多かったことが推定されています。
奈良時代の文献ではすでに失われてしまったがそれ以前には存在していたと考えられる音の区別が、琉球諸語には見られます。
ということは、琉球諸語の共通祖先に当たる「琉球祖語」と日本語が分かれたのは、日本語でその音の区別が失われる前、つまり奈良時代以前と考えられるのです。
稲作が伝わる以前に分岐していたらそうならないので、稲作が伝わった弥生時代(紀元前10世紀ごろ〜紀元後3世紀まで)以降と考えるのが自然です。
ここからは研究を進めているところで、まだ私の個人的な推測なのですが、弥生時代末期から古墳時代あたり(3〜6世紀ごろ)に分岐したのではないかと考えています。
ペラール:弥生時代から日琉祖語の話者が日本列島に移住し、弥生文化の担い手になったと考えられます。
考古学、遺伝学の研究から総合的に見て、日琉祖語の話者は東北アジア、中国北部、朝鮮半島あたりから来たと考えられます。
古代の朝鮮半島の歴史を記録した文献に日本語と音と意味がとても似た地名が見られることから、日本語と系統関係にあった言語が古代の朝鮮半島で話されていた可能性が高いです。
コーヒーの話する時にいちいちどこの豆の話しないだろ
そこの精度を高くしても結局は個人の話だし
東京都の文京区湯島に住んでるリール出身の27歳フランス人に求婚されたんだけどねとか言えば満足なのか?
その言葉へのこだわりが勝手な自分ルールの自分のこだわりだってことに気づけよ
意味が大体伝わりゃいいんだよ
フランス人と付き合ってたことにしたりヨーロッパの女と何人かそれなりに付き合って求婚されたことにしちゃう。
◯追記
だそうです、ヨーロッパの女と何人かそれなりに付き合って求婚されるような設定なのに、現実には非モテでコンプレックス強い男しか居ないってどゆこと!?
@kambara7
【拡散希望】フランス人との子の親権を巡る紛争に関連し、フランス人の支援団体から名誉を毀損された等として損害賠償等を求めた裁判で、本日、東京地裁は、支援団体に賠償金180万円の支払いと、記事の一部削除を命じる判決を下した。
https://twitter.com/kambara7/status/1793527192015753723
https://www.dailyshincho.jp/article/2021/12021005/?all=1
11月30日、「仏当局、日本女性に逮捕状 両国籍の子連れ去り容疑」というニュースがネット上を駆け巡った。フランス人男性が別居中の日本人妻に「子供を連れ去られた」と訴えている件で、パリの裁判所が、「未成年者拉致の罪」(未成年者略取及び誘拐)と「未成年者を危険にさらした罪」で日本人妻に対して逮捕状を発付したのである。
2006年に来日したヴィンセント氏は、09年に日本人妻と結婚。その後、2人の子どもができた。だが、価値観の違いなどから夫婦間に亀裂が入り、18年8月に、妻は彼に無断で、当時3歳と11か月歳の子どもを連れて家を出て行ってしまった。それ以降、彼は子どもと会えていない。
ヴィンセント氏は、子どもに再会できるまでハンガー・ストライキを続けるつもりだった。しかし、栄養失調によるふらつきから転倒して右手小指を骨折。手術を余儀なくされ、7月31日に中止した。
11月24日、およそ4カ月ぶりにインタビューの場に現れたヴィンセント氏は、ハンガーストライキ中に比べると、少し頬がふっくらとして健康そうに見えた。81キロあった体重は一時64キロにまで減ってしまったというが、現在は75キロくらいまで戻ったという。手術をした小指には治療用チタンが入ったままで、もう曲げることはできないが、特に不自由はない。
https://www.bengo4.com/c_3/n_14688/
そもそも離婚は、私から言い出したことではありませんでした。別居する数年前から日常生活の中で、彼が『離婚だ』ということは度々ありましたが、私が弁護士に依頼した時も最初は『相手から離婚と言われているけど、どうしたらいいのか。話し合いをしなければいけないから力になってほしい』という心情でした。
代理人を立ててからは、どういう形で子どもと会わせていこうか、という話も出ていました。しかし彼は『離婚しない』と意向が変わり、『僕には子どもを育てる権利があるから、面会交流の申し立てもしない』などと主張するばかりで、話し合いは進みません。彼が結局のところ、離婚したいのか、子どもと会いたくないのか。彼がどうしたいのかわからず、私は混乱していきました。
さらに、メディアやインターネット、SNS上では『妻が虐待した、誘拐した』などと事実と異なる彼の一方的な主張が繰り返され、子どもの写真を公開されるなど、著しいプライバシー侵害もありました。
こうした彼の対応をみて、この人とは婚姻関係を続けることはできないと離婚を決意し、裁判所の面会交流調停を通さずに面会することは子どもにとっても危険だと考えるようになったのです。その後もメディアで、彼は『子どもと会えない』と言っていたのに、実際には彼からの面会交流の申し立てはありませんでした。