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レゴランド・ディスカバリー・センター大阪では大人だけで入場出来ますか?
全世界のレゴランド・ディスカバリー・センターの規則に合わせ、大人だけでの入場をお断りしております。 入場時にお子さまの同伴がない場合は入れません。
殴り書きだけど、自分の経験から結婚相談所での婚活こうした上手くいくんじゃない?というのを書いてみた。
一応、短期で成婚退会した身(過去に増田を書いたが、分かる人には分かるかもしれない)
誰もこんな長文見ないだろうけど、婚活をしたい人の参考になればいいな。細やかながら。
選んでもらう、そのために頑張る、そんなスタンスで臨む。
人間関係の基本だけど、これから互いに気持ちよく関係を作る時に、
「自分が相手を選ぶ」一方的な態度・意識では臨むなんてこと、普通ないよね…。
相談所とはいえ、これから一生を共にする相手を探すのだから、相手の気持ちを考えるのが当たり前と思う。
そんな人は婚活難航するのだとカウンセラー氏が言ってた。大半がそうだと。
気をつけてほしいのは、お見合の席で謎に上から目線の女性は本当にいること。
僕がスーパーの商品棚にいて、相手の女性が僕に傷がないか、欠陥品じゃないか、調べようとしてくる。
精神が削られるし、傷つくことを平気で言ってくる人も実際いるけど、ここは大人の対応。我慢する。
お茶代の礼を言わない人も実際いるし、明らかに口だけで言ってる態度丸わかりの人が普通だよ。
それでも、お見合が終われば笑顔で「今日はありがとうございました」と言っておく。
それが社会人としての最低限の礼儀。そんな最低限の礼儀ができない女性は本当に多かった(男は知らない)。
遠方から来てくれたなら、お茶代だけでなく手土産も用意してあげた。
合わなくても、丁寧におもてなししてあげる。
でも、合わないと感じたら迷わずNGを出す(そのほうがお互いのためだ)。
というか、合う合わない自体は仕方がない。
合わないとしても、相手が楽しんでくれたらそれだけで嬉しい。
だって僕に興味を持ってお見合申込みしてくれたんだから、嬉しさしかない。
高額な入会金と月会費を払ってるのに、自分がサインした契約内容を理解していない…正直信じられない。
交際3ヶ月で何日会えると思うの?
月4週間として、週に1回会う(それが妥当な間隔だ)と仮定して、3×4=12回で成婚を判断しないといけない。
延期は可能だが理由の説明が必要と契約に記載がある(実際はカウンセラーさんがよしなにする…かもだが)
で、その期間内で住む場所、家事分担、家計管理、その他条件・価値観のすり合わせ、場合により両親への挨拶をする。
のんびり活動してると、納得できるまで会話してない状況で6ヶ月目になり成婚/お別れの判断をしないといけない。
1回1回の出会いが大切なんだ。
LINEの返事が数日後の人、次会う日を3週間後とか普通に提示する人は、相手の時間を無駄に使ってることを理解できてない可能性がある。
知らず知らずだったとしても、契約を理解してないことで相手の時間も無駄にする可能性がある人は、申し訳ないが、こちら的にはリスクが高いから交際終了にしていた。
酷い人になると「短い期間で結婚相手を決めるのって難しいですよね」とお見合の席で平然と言ってくる人もいた。
それを理解した上での相談所なのに、貴女は何故わざわざ活動をして時間を作ってここにお見合しに来たの…と言いたくなった。
(しかもお見合申込みは先方女性から。当然お茶代は男が負担…きつい)
漫然と「いい人がいたら結婚したい」で活動すると、ずるずる長引くと思った。
自分の場合、まずは1年間頑張ろうと決めた。1年で見つからなければ、辞める。
入会した月はお見合をする、翌月は仮交際の期間、うまく行けば真剣交際。
1つのサイクルで概ね4〜5ヶ月くらいだから、1年だと1〜3のサイクル。
会員数は多いけど、交際できる人は案外これくらいだ。
自分の言動を知っているのは、担当カウンセラーと交際相手だけではない。
もし相手に悪いことをしてしまったら、先方の相談所に情報が回る。
だから「品定め」や「上から目線に取られる行動」は駄目だと思うんだよな。
情報が共有されて、仮に別の交際相手ができた時、「ああ、この人はちょっとな…」と思われて、
先方カウンセラーにやんわり否定的なコメントをされてしまう可能性がある。
というか、実際、自分の担当カウンセラーさんはそうしてくれた。
相談所は所属会員数が多い大手もあれば、個人運営の零細、大手企業グループが運営する相談所まで様々。
大手は会費が高いからスペックが高い人がいると想像できるし、企業グループが運営してる相談所も安心感がある。
先方の相談所カウンセラーに嫌われたら…も考えながら行動したほうがいい。
お見合結果を伝える際に相手(僕に)をボロクソに言う人も実際いて、そこで当人の地の性格が見えてくるのだが、
相手側に伝えられるので、当然、担当カウンセラーに共有されている。
正直に全部言う必要はない。
傷つけない意図もあるけれど、それ以上にその行動は性格が悪い。
でも、周囲の目を気にするとうより、誰が見てもこうするべきだよな、という行動を自問自答しながらするといい。
相手が喜ぶことをしてあげるといいと思う。
無理だと思ったら、どちらかに責任があるわけではないから、気にせず交際終了を告げる(でも、相手の文句を言う必要はない)。
デートは良い場所を提案して、食べ物の好き嫌いは必ず聞いてあげて、場所が不慣れなら送り迎えもしてあげる。
平日の晩ご飯なら相手が歩き疲れない場所を探すし、お店はいくつか候補を探して提案し、意見を聞いてみる。
休日デートなら少し旅行気分になれるコースを提案すると楽しいと思う(あくまで相手のことを考えてあげる)。
寂しそうにしていたり、話したそうにしていたら、帰りたくても疲れていても一緒にいてあげるようにする。
自分の場合、年収は平均より少し良く、学歴も一応良い部類で、勤務先も大手だった。
幸い、お見合申込みは100件以上来て、医師の人とか自分には勿体ないすごい人からも申込みが来た(さすがに医師の方はお断りしたが)。
相談所は世間よりスペックの高い人が多いから、身も蓋もない言い方だけど、ある程度戦える武器を揃えて入会したほうがベター。
個人差はあるらしいが新規会員にはお見合申込みが多く来る(そして、時間が経つにつれて申込みは減っていくらしい)。
興味を持ってくれるのは大事なことだから、鉄は熱いうちに打つほうがいいし、その中で少しでも「いいな」と思う人がいたら積極的に受ける。
入会初月はお見合を沢山組んだ方がいい。
目立つ機会を活用しない手はないし、この時しか申し込んでこない人がいるかもしれない。
そして、会ってみないと何も分からない。
正直、会わないと何も分からない。
写真と実際の人物が違うことは普通だし、プロフの自己紹介文が盛られていることも実際にある。
カフェ巡りが趣味…と書いているのに、直に聞いてみるとカフェに行くことはほとんどなくてゲームが趣味とか…(ゲーム趣味でもいいのだけど、正直に書いてほしいだけなんだ)
あと、相談所によっては会員が自己紹介文を自分で書かずに、カウンセラーが全て代筆している場合がある。
自己紹介文からも写真からも人となりが分からない、そんなことが実際にある。
この人と仲良くなれるかなと考えながら話をする。
合わなければ仕方がない、巡り合わせが悪かっただけ。相手が悪いわけではない。
でも、最低限仲良くなるための努力はすべきと思う。
誰だって鼻持ちならない性格の1つや2つあるのだから、多少気になることがあっても気にしない。
良いところを見つけて、好きになる努力をする。
仕事が忙しければ気遣ってあげればいい。
とにかく仲良くなる。まずはそれからだ。
何かあった時とか、協力してほしい時、普段から状況を細かく説明しないと、
カウンセラーさんが何か手助けをしようにも、何もできないから…。
だから、何も言われなくても細かくきちんとデートの内容とか状況を報告した方がいい。
ていうか、何もしないカウンセラーさんは良くないと思う。
そういう相談所は選ばないほうがいい。
裏方として動いてくれる。
相手の気持ちを聞いてくれたり、「こうしたらいいよ」と教えてくれる。
逆に、カウンセラーが仕事をしていない相談所は見切りをつけたほうがいい。
個人経営の零細の相談所だとカウンセラーが何もしないこともあるとか。
先月から書いて準備してある婚姻届は、実は3回も書き損じてしまった。
なんだあの普段の生活で見慣れない言葉の数々は。世の既婚者さん、よくストレートに書けましたねという気持ちだ。
「結婚はしてもしなくてもいい」わりとそんなスタンスで生きてきた。結婚は相手の気持ちがあることだし、今の時代は必ずしなければいけないものでもないと。でも、提出予定日を間近に控えた今、とてもワクワクしている。
結婚をより楽しみで素敵なものに変えてくれたのは、彼はもちろんだけど周囲の人たちの反応もとても大きい。
「顔合わせも結婚式もいらんでしょ。なんなら結婚指輪も婚約指輪もなくてもいいよ」
基本的にはそんなスタンスだった私だけど、「いや、結婚指輪はつけるでしょ」という彼の言葉に「そうなんだ!」となり、一緒にいくつかのお店を見て回った。なんだかんだ、ふたりとも同じ温度感で気に入ったお店が見つかり、近々また訪問する予定だ。刻印する内容を毎日考えては彼に「これはどう!?」と見せびらかしている。いつの間にか私の方が欲しがってる感じになってる。
「両家の顔合わせとかも別にいいっしょ。あーでも、結婚するならとりあえず彼と家族だけは会わせておいた方がいいかね」
そんな感じで、私の家族と会ってもらった。今住んでいる場所から新幹線に乗らなければ着かない私の地元に彼がいるのは、なんだか新鮮だった。
私の母は「仲がいいのが伝わってきてとても良かった、会えてよかった」と言ってくれ、父は「変なヤツじゃなくて普通のヤツで良かった」と言っていたらしい。どんなん連れてくる思っとんねん。「これがオレの精一杯や」と家族がくれたご祝儀には、私が想像するよりもたくさんのお金が入っていた。たまたま会えた親戚の子どもたちも「楽しかった、また会いたい」と言ってくれているらしい。かわいい。
その後、母が「絶対にドレス似合うと思うから着て欲しい」と、お金を支援するのでブライダルフォトを撮らないかと提案してくれた。その言葉を聞いて「ああ、母に結婚した姿をきちんと見せないと」という気持ちになった。結婚式というのは、家族のためにやるものだと言う人がいるけど、「これかあ」となった。家族だけで神前式をしたい、写真も撮りたいと彼に伝えたら、「結婚式はしたいと思わない」と言っていた彼も「やろう」快諾してくれた。ありがとう。綺麗な着物を着て、なんたらかんたら読み上げてもらえると思うと楽しみだ。支援はもちろん断るつもりだけど、母は時折頑固だからな。
彼のご両親も、話を聞く限りだと「家族の関係が希薄な方なのかな?」と思っていたけれど、いざ会ってみたらとても嬉しそうで、私にも良くしてくれる。ご祝儀やお祝いの品をくれたり、「相手の親御さんに何かした方がいいのか?」と丁寧に聞いてくれたり。
それぞれの親の反応を見て、なんだか私も彼も、「私たちって、両親にとってとても大事な我が子だったんだね」と改めて実感することばかりだ。
「既に一緒に住んでいる私たちが結婚しても、そんなに何も変わらないだろう」
そう思っていたけれど、こんな風に家族が喜んでくれて、親戚も友達も「おめでとう」と言ってくれるのは、こそばゆくて嬉しい。 「なんてことない」と思っていた結婚のイベントが、なんだかすごく素敵でたまらないものに感じてくる。
そうそう。「プロポーズなんて別にいらないっしょ!自然かたちでオッケーOK!」と思っていた私だけど、彼は意外にもきちんと考えてくれていた。ある日、私が帰宅すると玄関にぬいぐるみがポンと置かれていて。「見慣れない子がいるねえ」と、その子を抱き上げると、頭にキランとネックレスがついていて、メモが添えてあった。これがプロポーズか!となった。
私はぬいぐるみが好きだ。でも、自宅をぬいぐるみ屋敷にしないよう、なるべく買わないように、買わないように(でも時々厳選して買って)努力している。そんな私の気持ちを知っていながら、ときどき私にぬいぐるみをプレゼントしてくる彼は「オレがこの家をぬいぐるみ屋敷にしてしまうかもしれない」と言っていた(笑)。彼がいいなら別にいいのだが。この新しい子も、他の子達も、わんころべえも、ついでに私も。末永く大事にしてくれたまえ。
別に煽ってるわけじゃなくてさ
子供が見るような場所で性的な広告はやめてね😉って言ってるだけの人たちに顔真っ赤にして反論
ちょっと異常じゃない?
くどいようだけど別に煽ってるわけじゃない
社会からズレた人たち、生まれつきハードが完全でない人たちの居場所はいくらでも存在していたわけで
けど、ソフトでなんとかなるようなものまで一緒くたに社会のお荷物認定する必要はないと思うわけ
平和的で、温厚で、人情味のある人たちがたくさんいてくれたほうが大多数は生きやすいのは当然でしょうが
それよりも、子どもの時から、お前は社会からズレている、ズレている人間は保護を受けろ
なんていうふうに言われ続けたらどうよ。やる気なくすやろ。
そりゃ、社会にだって弱者救済・保護にだってキャパシティがあるわけよ。
日本のみならず先進国は豊かだからここまで保護が手厚く出来るわけで
じゃあ、豊かじゃなくなったらどうなるのか。
アルゼンチンみたいになりたいのか。
いい加減、強者の足を引っ張るのもたいがいにせいよ、と思う。
まあわいは横やけどな
例えば市川なら銀座まで電車で20分、有名中高のある九段下だの日暮里の方だのも30分だから無理して23区に住むより良いのは事実だよ
神奈川と比べてどうかは完全に場所によるけど一つ言えるのは車使うなら神奈川のがいい
千葉の道は駄目だ
俺が子供の頃も家庭を持ったら通勤1時間〜1.5時間くらいのデカいショッピングモールがあるだけの郊外の街に引っ越して家を構えるのが常識って感じの空気で、俺はそれがどうしても嫌だったんだよなあ。
自分でもなんでそんなに嫌なのかよく分からないけど、愛着もなんもないのに生活利便性と地価の安さ以外何もない場所に住むというのがどうしても想像できなかった。
みんな背に腹はかえられないって思って耐えて住んでるのか、住むところや街に大してこだわりがなくどこでもいいと思ってるのか、どっちなんだろう?
20年以上横浜市に住んでるけど10年くらい横浜中華街の食べ放題行ってなくて
横浜中華街知らない人を連れてくのにどこがいい食べ放題なのか全然分からなくなってる
連れてく相手は、舌が肥えてる育ちのいい人間てわけじゃないからとびきり美味しいじゃなくていいんだけど。
ちなみに私のお気に入り食べ放題は10年前の当時2490円くらいで(今はだいぶ値上げしてそう)
1階は開けてて冷凍肉まんとかシュウマイとかのお土産コーナーがあって、いつも60分待ちで、店員の恰幅のいいちょっと高そうな服着た中国人のおじさんが案内してくれる店が好きなんだけど
多分初めての人に食べさせる場所じゃないんだろうなと思う
ご存知の方いたら教えてください
毎日誰かが用水路に食われている…4年間で108人死亡の「岡山県の人食い用水路」が野放しのままなワケ 用水路の危険性は矮小化されている
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/president.jp/articles/-/70753
よく男性と女性の性差で議論になるとき「性差よりも個人差の方が大きい」という優れた意見に出会うことがある.同感である.
確かに性差はあるだろうが,個人差の方が大きいのは事実だろう.
東京 vs 地方の話題も同じだと感じる.どちらも都合よく,文化や環境の議論をしているように思う.
そこで,地方の子育て事情(3σ外れた異常値と認識している)として,自分が行った子育ての例を紹介したい.
異常値であると記載した通り,地方の子育てがこれが平均だというつもりは毛頭ない.むしろ,地方においても親が異常者であればこういう子育てが可能であるという例である.
先にバックグラウンド.私は東大卒で,妻も東京の国立大学卒である.二人とも博士号を有している.
仕事の都合で,地方都市(三代都市圏近郊ではない,まさしく地方都市.人口数十万人)で15年間子育てをすることになった.
私は仕事で住んだ地方都市よりもさらに人口の少ない地方都市出身者であり,18歳までその地元で暮らしていた.
まず,毎週末のように,県内及び隣県にある文化施設や大きな公園などに高速を使って出掛けていた.
子供たちが異常に好奇心が旺盛であったため,科学館や天文台,美術館,博物館なんでもOKだったし,
公園には必ず図鑑を持って出かけ,気になる花や虫は図鑑でチェックしながらなるほど〜と家族みんなで確認した.
連休は近隣県でジオパークに出かけたり,温泉旅館に泊まったりした.行く前に図鑑や本で地域の情報や歴史を調べ,
車の中でみんなで披露するというのがお出かけのパターンであった.
中学校くらいからは歴史に出てくる場所や有名建築家が設計した建築物回りなど,社会科学寄りのお出かけも増やしていた.
半年に1度程度の頻度で東京や大阪には出かけ,そこでしか体験できないこと(科博,未来館,キッザニア,鉄博,USJなど.なぜかディズニーには一切興味を示さなかった)
にも出かけた.特に未就学時は鉄道大好き人間だったので,JRの全ての鉄博,地下鉄博物館,京王レールランドなどにも行った記憶がある.
体験格差などという言葉があるが,少なくとも我が家はお出かけという観点において,首都圏での子育てと比べて,劣っているとはあまり思っていない.
それは元々自分も妻もお出かけ大好き人間であり,軽々しく遠出をする人間だったためと考えられる.
上の子,下の子ともにゲームは2-3歳から解禁していたが,1日30分というルールで行っていた.最初は駄々を捏ねていたが,
1週間もすればルールに順応する.小学生からは1日1時間.お休みの日や特別な日(テストが終わった日など)は長時間を許すという柔軟な運用をした.
私自身ゲームが大好きであり,子供の頃も馬鹿みたいにやっていたので,ゲームをすれば頭が悪くなるなんてことは一切考えたことない.
一方で,ゲームは面白すぎるのでやめ時が難しいことが問題で(これはマンガであれ,Youtubeであれ,小説であれ,映画鑑賞であれ他の全ての趣味にも共通する)
そこさえ親がきちんと見守れば,子供がやりたいこと,見たいものは与えて良いと思う.際限ないことが問題なので.
習い事や勉強について.未就学期の習い事は上の子は水泳,ピアノ,造形教室,ダンス教室,下の子は水泳,造形教室だった.
通っていたお絵かき教室が県内で相当有名なところであり,コンクールの賞ゲッターを量産するところだったので,
我が家もそれなりにエフォートを割き,小学生と中学生の際にはいくつかの賞を受賞し,地元の新聞に載った.
公文は個人的に否定派だったので,未就学時は自宅でこぐま会をやっていた.もちろん小学校受験などするつもりはないので,あくまで頭のパズルと基礎力をつけるという程度.
自宅で先取り学習は絶対にしないようにした(ここでいう先取り学習とは学年よりも先の内容をやること)
小学校(公立)では,全く勉強に困ることはなかった.これは首都圏のようなレベルの高い競争がないため,当然と思われる.
そのため,自宅では,首都圏の中学受験用の教材を4年生くらいから利用した.また,その地元の進学塾にも通っていた.
大学時代の友人(首都圏在住)を通して,勉強法を聞いたり,首都圏と地方での勉強の違いなどを埋めようと親が努力した.
(が,友人とも話したが結局は個人差の方が大きいというオチだった)
中学受験期には,本人も同意の上で,通えないこと前提で首都圏の学校をいくつか受けた.本人にとっては力試しという意味が大きく,通えないことは理解していたし,前向きだった.
上の子は開成に受かり,下の子も渋幕に受かった.上の子は中学は地元の公立中学に進学した.下の子は後述.
上の子が開成に受かった時は親としても非常に悩ましく,妻と子供たちだけ首都圏で暮らすことも考えた.
が,家族みんなで暮らす方が楽しいだろうということで,これはあくまで力試しが目的だったはず,本来の目的に戻ろうということになった.
ただし合格は本人の自信になったようだ.
それから数年後に私の転職があり,首都圏で暮らすことになった.
上の子は高校受験で開成に,下の子はちょうど引越しタイミングと受験タイミングが重なり,渋幕に無事合格した.
子供達二人とも首都圏に引越してから,学校でついていけないこともなかったし,特段の文化的な劣等感も感じることはなかったと話していた.
この後,我が子が殺人鬼になったり,オレオレ詐欺の主犯として捕まる可能性もあるので,手放しで自分たちの子育てが成功例であるとは言わないが,
少なくとも人口数十万レベルの地方都市においても,首都圏と同レベルの子育てはできるという実例になると思う.
もちろん親は二人ともめちゃくちゃ努力したと思う.そりゃ週末はイオンに行って1日過ごせば親もフードコートやゲームセンターで休めて楽だけど,
妻がお弁当を作り,大きな公園で遊ぶ,子供達が疲れてきたら近くのイオンに行き,買い物をして帰るという生活は体力的にも根性的にも辛い.
ただ,あの時の自分たちは私の仕事の都合で地方都市で暮らしていたこともあり,親の都合で子供達の住む場所が決まってしまっていることへの罪悪感からか,
過剰に,それこそ首都圏での子育て以上に様々な体験をさせてやるんだという気概があったように思う
その意味では,首都圏がどんなに文化や環境に恵まれていたとしても,1日中switchを与えて親が子供を放置していた家庭よりは地方の我が家の方が多くの体験をしていただろうし,
かといって周りを見渡した時に,周りのご家庭が我が家のようにある意味で狂気的な子育てをしていたかというとそんなことはないと思う
よって「地域差よりも家庭差の方が大きい」という面もあることを伝えたい.
「東大卒博士号の経歴をドブに捨てて田舎の専業主婦で終わった奥さん可哀想という感想しかない 」
というトラバ,まず妻は東大卒じゃないし,専業主婦とも書いてないんだが,エスパーか?
妻は専門職なので,地方都市でも東京でも育休中以外ずっと働いてたんだが…というのが1点目.
次に,仮に東大卒博士号持ちが専業主婦をすることの何がおかしいのか,可哀想なのかがわからないというのが2点目.
もしかして博士号のような生産性の高い人物が子育てという非生産的な行動を行うのが勿体無いと言いたいのか?
世の中で博士号持ちの女性,たくさん子育てしてるよ.日本だけじゃなくて海外でも.
それに,君,働いたことある?会社の仕事取ってくる営業や開発だけが生産的で,人事はコストセンターで生産性が低いまたはゼロと思ってる?
目の前でお金を稼ぐことだけが生産性じゃないんだよ.世帯内や社会全体で役割が分担されていて,その寄与度は複雑な関係になってるよ.
それに君が好きな生産性で言えば,うちの子供達が2000億ドルくらいのイーロンマスク並の資産を形成したら
うちの妻が仮に東大卒博士号持ちの専業主婦で20年子育てしたとしても,100億ドル/年のリターンがあるわけで,めっちゃその優秀な能力を発揮したことにならない?そんなこと求めてないけど.
3点目として,別にうちの子供がイーロンマスクにならなかったとしても,うちの妻的には人生が楽しければ良くないか?
上にも書いた通り,私はゲームが好きなんだけど,ゲームした時間って別に新自由主義的な意味で生産的な時間じゃないだろうけど,面白ければ良いのでは?
我々夫婦が「大変なこともあったけど,色々二人で頑張って面白かったな.子どもたちも育って勝手に好きなように生きてるし,なかなか我々がんばったね」って思えたら御の字で子育てでそれ以上を求めても仕方ない気がする
男オタクは宮﨑勤事件の煽りを受けて、現実とフィクションを強く区別することを求められてきた。故に、二次元表現を崇拝しながらも、それを現実には持ち込まないという心構えがあったものだけれども。
https://anond.hatelabo.jp/20240510142012
作り出した作者が醜くても作品に罪はないからこそ作品の世界に没頭したいのに、記憶の片隅にやきついた作者男の映像に邪魔されてしまう。これまで楽しんでいたものが楽しめなくなるという妨害行為をされてしまった。それが嫌で、そんな被害者を再発させないよう、男作者は予防してほしいのです。
まさか同人女はまだその域に達していないのか?二次元の拗らせを現実に持ち込んでも刑事事件には発展しないが故に放置されてきた、女性向けらしいといえばそれらしいが。
二次元と三次元の区別が出来てないが故に現実に加害が持ち込まれる男性向けとは異なり、女性向けでの三次元への混同は、望まざる男の排他という形で現れる。推し並に整っていない男は存在価値がない。視界にすら入ってほしくない。そのような考えに発展するようだ。
ぶっちゃけ、こんなこと思うだけなら勝手である。基本的にこれで損をするのは、男という全人類の約1/2と関わる機会を自主的に絶っている女側だけだ。しかし、この排他的思考が同人誌即売会という男女ともに開かれた場所にさえ侵食してくるのであれば、話は変わってくる。
第一、かの主張を裏返しに考えれば、二次元レベルの顔整い男が頒布した同人誌は、その内容に対して本人の像が連想されるということでは。それは散々叩かれている「女作家の男性向け成人誌では、女作家に内容の投影がなされセクハラが飛ぶ」と構造的には変わらない。そのレベルの顔整い男はわざわざ女性向け同人を書かずとも自身の欲望を満たせるので、そのような問題は現状起こっていないが、この構造は地雷のように水面下に潜み、いつか大爆発するかもしれない。
同人女も、二次元と三次元を分けて考えられるようにならないといけない。お前の思う信仰対象は現実には存在しない。そして、三次元の醜さが二次元に影響されるべきではない。これは同人男が共通して抱いている、清楚銀髪美少女JK(cv早見沙織)が現実に現れようがないという諦観を、同人女も持つべきということである。そして、現実にそのような女が存在しないことが、現実の女の醜さが、二次元の清楚銀髪美少女JK(cv早見沙織)の尊さを害することはないという認識を持つべきである。
男性向けでは、こんなこと誰に指摘されるまでもなく理解していることだ。標語なんて必要なかった。男性向けに必要だったのは、二次元での加害を三次元に持ち込まないことだけだった。女性向けでは違うらしい。今すぐ考えろ。自分の界隈の不始末は自分でつけろ。お前たちの考える理想の推しは、現実の男の醜さ程度で損なわれる程度のものなのか?違うだろ。
私が台所で洗い物をしている最中、帰宅した父がバッグから弁当箱を出し、それを持ったまま私の斜め背後に立つ。その距離、15センチといったところ。近い。肘が当たる。危ない。急かされているようで不快だ。
それを伝えても理解できないらしく、なぜかヒクヒク笑っている。
人が台所を使っているのだから、空くまで別の場所で別のことをしていればいいのにと思うが、父には通用しない。帰宅→弁当箱を洗うという流れを変えたくないのか、それ以外の考えが浮かばないのか、しょっちゅうタイミング悪くこのようなことが起きる。
そういえば、父はしょっちゅう車間距離を詰める。私や母が注意しても、なんのことやらといった様子。根本的に距離感が分からないのだろう。
もし前の車が急ブレーキを踏んだら、どうする?止まれるのか?と訊いても無駄だ。ヒクヒク笑うだけだ。
無理。