はてなキーワード: 吉本新喜劇とは
特撮に関しては100点満点です。こんなにナチュラルな、そらぞらしさ・嘘っぽさのない映像効果はハリウッド映画でもなかなかない。そらオスカーも獲るわと思った。
特に、海、波、しぶきの演出が素晴らしい。海上シーンは最高です。
稚拙もいいとこ……。
致命的なネタバレを含むので、これから見ようって人は以後は読まぬがよろしい。
プロット以前に全体として語彙が貧弱で、「あたまわるいひとががんばって書いたセリフ」という印象ばかりが目立った。素人ラノベみたいな感じ。
言葉遣いもそう。当時の言葉遣いそのままである必要はもちろんないけど、終戦直後の昭和20年代という舞台にふさわしい言い回しが多少は使われていないと奇妙な感じになる。テレビ時代劇だってマイルドにアレンジはされてるけど一応「ござる」とか「そのほう」とか言うでしょ。そういう、時代を映すムード作りがセリフにない。
そして「さすがにその時代、そんな言い回しする? その単語あった?」みたいな現代的な表現が出てきては興を削ぐ。
こんなの、専門家にちょっとリファインさせるだけでぐんと真実味が増すと思うんだけどなあ。
あと秋津(佐々木蔵之介)が野田(吉岡秀隆)に対してガクシャと渾名をつけて呼び捨てにしたりタメ口なのも違和感がある。学者は技官とは言え元将校という設定で、元下士官の秋津が気安く茶化したりイジッたりできる階級ではなかったんじゃないだろうか。ガチガチのタテ社会での上下関係は、組織を離れてもずっと続くものだ。渾名で呼び捨てなんてちょっと信じられない。関係ないけどガクシャが船に乗ってると「ガンバの冒険」を思い出す。
そしてプロット。
物語の背骨になっている「大戸島玉砕は主人公のせい」という前提がまず苦しい。実際にあのとき零戦の機関砲でゴジラが撃退できたかどうかは不確実で、少なくとも「敷島が撃てば確実に撃退できた」と言えるバランスのゴジラではなかった(どっちみち敷島が特攻から逃げなければあの島にはいなかったのだし)。敷島(神木隆之介)が気に病むのも橘(青木崇高)が敷島を恨むのも当人たちの思い込み以上の根拠が薄く、物語を駆動するトルクがまったく足りない。
まして「大戸島玉砕は橘の責任というデマを流したら腹を立てた橘が現れる」という敷島の幼稚な策略。なにこれ。子供? 子供なの? もうちょっとマシな作戦なかった?
敷島家の隣人澄子さん(安藤サクラ)の役柄も最後まで謎だった。復員してきた敷島に繰り返し毒を吐いていた前半のサイコな印象と優しく敷島家をサポートする後半の印象とがまったくチグハグで、ずっと身構えていなければいけなかった。前半のサイコキャラ必要?
あともう典子(浜辺美波)。典子関連はもう完全に意味わからなかったしどうでもよかった。
初対面の敷島の家に転がり込む初手から「は?」っていう感じだった。バックグラウンドもキャラクターもフワフワ、敷島への思慕の念もまともに描かれず、自立したいって働きだしたわりにいつまでも敷島の家に居候してるし、ゴジラが咥え上げた電車から振り落とされても誰もが即死と確信する爆風に巻き込まれてもキレイな顔で生きていた。不死身か。ゴジラ並みの回復力じゃねーか。
キャラクターがフワフワと言えば、ほかならぬ主人公敷島クンのフワフワぶりも目を覆うものだった。薄っぺらくありきたりなメンヘラ演出は神木隆之介クンの演技力とは関係なく説得力ゼロだったし、意志薄弱なのか臆病者なのかただのボーッとしたやつなのか人物造形がまったく不徹底だった。そのせいで「典子の死をきっかけに自分の中の戦争を終わらせる決意を固める」という重要な心境の変化もヌルッとしていたし、当の典子は死んでなかったっていうんだから吉本新喜劇のように全員ズッコケてしまう。敷島の行動原理のコアとなる「敷島の中でまだ終わっていない戦争」というテーマからして扱いがぞんざいで、もっと丁寧に描きこむべきだったんじゃないだろうか。まあ、特攻から逃げたとかはともかく大戸島玉砕に関しては前述の通りなので、いくら描きこんでも説得力は生まれ得なかったのかもしれないが。
それはそれとして、典子との死別は非常に重く重要な節目であり、〈実は生きてましたぁ!よかったよかった!〉と簡単に済ませていいような出来事ではないと思う。だったら話は違ってくるじゃん、となるレベルの卓袱台返しであり、典子は安らかに死なせておくべきだったと思う。
これは、「自分が23の時に12歳上の女の人とできないからなー」という話の流れがあります。
35歳と47歳の話をしているわけではないので…悪しからず…
あれからみなさんの意見をいろいろとみて、一刻でも早く言わないとと思って、食事に行こうと誘いました。
ちなみに今は婚約、結納を済ませて式の日取りとか式場を決めないとねーと言ってる段階です(具体的な日取りや結婚後の住居のことなどは決めていない)。
食事をしながら、
「私は今まで誰ともお付き合いをしたことがない。
あなたと一緒にいて、話をして楽しい。この先も一緒にいたい。けど恋人とするようなことはできないと思う。
あなたのことを親友であり、父と母のような家族としてみているよ」
と伝えました。割と原文そのままです。
相手に「恋人とするようなことって?」と聞かれたので「キスしたり、セックスしたりかな」と言いました。
しばらく沈黙があって
「え?俺は○○とやれないってこと?」と聞かれたので
なんで今それを言うのかと聞かれたので、結婚後に言うのはもっと良くないと思ったと伝えました。
相手が「そーかー、こんなうまい話ないよなーって思ってたよ」と言いました。
そこからいろんな話をしたのですが、彼としては
今まで好きになった人に告白して付き合おうとしても、友達としか見られないと言われ続けてきたこと。
子供はどちらでも良くて、そういう行為に憧れがあったこと。(いらないわけではなく、産みたいなら一人くらいどうぞ、と言われました)
今回見合い話が来て12個年下の子とそういうことができる関係性(夫婦)になれるなら奇跡だと思ったこと
だから、セックスはなし!って私から言われたことで、がっかりしたこと。
これは、例えば自分は医者だから良い生活させれるぜ!と言われて結婚したけどじつは医者じゃなくてド貧乏だった くらいのショックらしい。
締めに、俺らは吉本新喜劇出れるくらいナイスカップルだと思ってるよと言われました。(いつもならM-1も出ようよ!などと冗談言えるなーって思った)
結論としては一旦考えさせてほしいと言われました。
相手に「俺だからできないのか、それとも誰とでもできないのか、顔を隠したらできるか」と聞かれ、「人と付き合ったことないから分からない、でも私の問題です。すみません。」と言いました。
相手が「俺も、12歳上の女の人とできないからなー」と言ったときに。
思わず「子供どちらでもいいのに、12個上の女性と自分ができないことを私にはできるか聞くの?自分は顔を隠したらできる?」と聞いてしましました。
長くなってすみません。
私に結婚は早かったのかもしれないですね、相手の半年間を奪って申し訳ないと思います。
お金目当てでもなんでもなかったのですが、最高に面白い友達と縁が切れるのは悲しいなと思います。
以上です。文章下手でごめんなさい!
娘の彼氏が芸人なのは知っていたが、先日とうとう結婚相手として紹介された。きっつい。将来有望な若手とかならともかく、それなりの芸歴で売れていない。
俺と妻はお笑いが共通の趣味で付き合って結婚した。今でも一緒にライブや賞レースの予選を観に行くくらいには夫婦揃ってお笑いが好きだ。だからか娘は「お母さんもお父さんも応援してくれる」と信じてやまない。
錦鯉がM-1優勝なんてするから、フジテレビがTHE SECONDなんて始めるから、才能の片鱗すらない人間たちが努力を先延ばしにして一生夢を追い続けてしまう。
俺は娘の彼氏だと知るよりも前から彼が出演しているライブを何度か観たことがあるが、若手の頃から今まで、変わり映えしないネタをずっとやっている。あれじゃ一生売れない。
「今は賞レースに本気で取り組みたいと思っていて、今はバイトとか減らして、恥ずかしいんですが娘さんのお世話になってます」なんて言っていた。よく娘の親の前でそんなことが言えるな。ネタ合わせもせずパチスロ行ってるの知ってるぞ。お前のTwitter見てるぞ。
娘は彼を本気で養う気もなさそうだ。「いざとなったらお父さんに頼ろう」きっとそう考えている。昔からそういう子だった。
二人で協力して幸せになってほしいと伝えた。同時に、どんなことがあっても一銭の援助もすることはできないとも伝えた。実感なさげに頷く娘の隣で「どうしてもの時はお願いしまっす」と苦笑いする男の姿は頼りないの一言でしか表現できない。
彼の実家が貧乏だということは知っている。万が一にも食いっぱぐれた娘を養うならともかく、娘の夫を養う気はさらさらない。
だが俺に娘の結婚を反対する権利はない。婚姻は、両性の合意のみに基いて成立するからだ。俺がどれだけ「認めない」と言ったとしても、婚姻届さえ出せば二人は夫婦になれる。
そもそも娘がお笑い芸人と付き合ったのは、俺と妻の影響が大きいのだろう。今更考えてももうどうしようもないが、もし過去に戻れるなら、初めて家族三人で吉本新喜劇を観に行ってしまった日を選ぶだろう。
アホの娘がアホの男に引っかかり、アホな考えのまま結婚する。
そしてもちろん、それに苛つきこんなところに吐き出す俺もアホだ。
情けない限り。いい歳して、涙が出る。
「この前吉本新喜劇を見に行ったけど何度も同じことをしていて全く面白さが分からない。なにが面白いのか」という意見をいただいたので、生まれも育ちも大阪の増田から、これに対する回答を書いてみたい。
結論から言うと「吉本新喜劇は面白いか面白くないかを判定しに行く場所ではなく、みんなで同じノリを共有し、楽しむ場所である。吉本新喜劇の価値は、関西圏内に住んでいる人間であれば老若男女誰でもわかるボケとツッコミのセットを発信し続け、それを文化として確立させているところにある。」と増田は考えている。
まず増田は生まれも育ちも大阪であるが、関西の人間が吉本新喜劇を見て笑い転げ、毎週楽しみに見ているかと言えば全くそんなことはない。最後に見たのが何年前か分からないし、なんなら見慣れてオチも全て分かっているのでテレビで一人で見るときなんかは普通に真顔である。
関東の知人が言う「何回も同じことをしていて面白くない」については、たしかに同意できるところはある。
たとえば「邪魔するで〜」「邪魔するなら帰って」「はいよ〜」の流れを知らない関西人はいないのではないだろうか。この流れのセットは増田が物心ついたときから、今現在いい大人になるまで最低でも約20年くらいは吉本新喜劇内で繰り返されている。
この流れを知らない関西人がいないということはつまり、老若男女関西人のほぼ全員が「邪魔するで〜」がボケだとわかり、「邪魔するなら帰って」がそれに対するツッコミ(ボケか?)とわかり、笑いが生まれるということである。
これって結構すごいことではないだろうか?
だれしも生きていれば色んなコミュニティに属し、コミュニティ内での定番のノリなどがあると思うが、コミュニティ内の人間にしか通じなく、例えばコミュニティ外の人が同席していた場合、その人間はポカンとなってしまう。
はたまた、お笑い芸人の定番のツッコミなんかが流行ることもあるが(最近だと千鳥の「シンプルに口がくせぇ」とかだろうか。最近ではないね)、ほぼ一年単位で入れ替わり、かつなかなか老若男女全員か知ってるとは言いづらく、若者間で通用しても中年以降は全く知らないといったことも普通にある。
それに対し、吉本新喜劇内で行われているボケ、ツッコミは、老若男女、知人初対面関係なく通用するノリなのだ。
吉本新喜劇は劇を通し、その定番と言われるボケ、ツッコミの流れを数十年にわたり発信し続け、関西圏内に定着させ、それを文化として確立させている。
ちなみに関西人のノリの良さや、あらゆる場でも笑いを作る貪欲さみたいなのも、この誰しもが共有できる笑いがあることが起因しているのではないかと考えている。
吉本新喜劇はいわゆる漫才のように、新しいネタを期待し、面白いか面白くないかの判断をする場ではなく、老若男女関係なくみんなで同じノリを共有する場。それを文化としてきちんと確立させているところに価値がある。
この投稿を読んで、関西に無縁だった方々にも吉本新喜劇を楽しんでもらえると、さらには関西を好きになってもらえると、増田としてはとても嬉しい。
じゃあ大阪文化ってなんだ?って生まれも育ちも今も大阪人の俺が考えてみる。
いまのところ所蔵しているものを展示していく感じで美術館の特色というのはあまりよくわからない。ただ、大阪という街にちなんだ展覧会がちょくちょくあるという印象。
有名どころだとみんな大好きミュシャは大阪の堺市に専門美術館があるくらいなのでその関係で展覧会やってた。
その近所にある国立国際美術館。
こっちの特色は前衛芸術の展覧会が多い。ダンボールが落ちてる と思ったら展示品だったみたいな尖った企画をする。
前衛って意味わからんと思ってたけど生で見ると迫力があって意味わからんけど面白いという感想になると思う。
来年春まで休館中。
名前の通り壺とか皿とかの展示会が多いけどそれ以外にも竹細工とかモノに特化した展覧会が多い。
昔の壺とかシックなものを見せたと思ったらたまに竹細工で2階まで吹き抜けをぶち抜いて覆うような糞でかい展示があったり、前衛的な展覧会をやっていたりするので飽きない。
世界中の民族の日常品や信仰されて得る神様の像とか祭りの道具までいろいろなものを常設してる。これだけでも見る価値あり。
特別展示会も呪いの儀式に使うための道具だけを集めたとか刺激的な催しをやってくれたりする。
ほかにもフェルメール展とかメトロポリタン美術館展とか王道の企画をする大阪市立美術館。
大阪歴史博物館、中之島香雪美術館、あべのハルカス美術館…と色々ある。
大阪の文化 というとパット浮かぶのは大阪城、吉本新喜劇、串カツだったりするけど文化と言うか観光資源なきがする。
舞台はほぼひとつで王様のレストランよりもっと場所が少ない。吉本新喜劇みたいな?
カメラワークは固定+しっかり追いかける系。バストアップも多い。
それに回想とかで別撮りの映像も少し挿入される。
まあわかりやすく言えばNHKのフルハウスとかの海外コメディ枠。
単純に言えば日本版シットコム。観客入れてるのでガヤは全部生なのかな?
宣伝では一発取りの「ドラマ版ファーストテイク」を標榜してるけどどちらかというとシットコムであることを押し出したほうが広まりそうだけどなー。
流れはノンストップの会話劇で、演技も演劇寄りでハキハキ声量がありオーバーでよき。
演者の人を推すような、ジャニーズとかアイドルとか演じられるキャラじゃなくて演じる人を押し出すような感じもない。
日本のドラマにある俳優推しやだらだら間をとったかったるい進行やちゃちい特殊効果や画面の味付けもなくてシナリオとテンポ勝負のコメディに全振りしてると思う。
常に喋ってるからBGMとしてもとてもいい。ここ数日はリピート再生しててもう何週もしてる。1時間枠ならよかったのに…。
演劇ってなかなか動画で見れる機会がないからドラマでこういうのやってくれるとありがたいなー。
続きが楽しみだ。