はてなキーワード: イエス様とは
大学卒業からずっとフリーランス1本で、25歳にしてやっと実家を出てひとり立ちした。
もともとは祖父母の家に2世帯で住んでて、小学校入学と同時に親子3人は引っ越したけど、すぐに母親がおかしくなった。
なので父のすすめもあり、7歳ごろから引っ越し先から舞い戻り、私は祖父母に育てられた。
ロクに育ててくれなかったし、自己中だし、幼い頃は急に学校に押しかけてきて教員たち相手に身の上話を始めたり
その割に交友関係が狭いから生きがいは娘の私だけ。「愛してる」「心配なの」「あなたのためを思って」ばっかり言う。
典型的な毒親でさんざん迷惑をこうむったので母親のことが大嫌いだ。
だけど両親の家と祖父母の家は駅1つしか離れていなくて、たまに母親が私目当てにやってくる。(祖父母は煙たがっている…)
いずれ家を出たことはバレるので、こちらから言うほうが母親の精神的ダメージは少ないだろうと思ってはいた。
だけど有無を言わさず出たかったから、前々から話を進めるのは父とだけにして、母には事後報告になった。
母親の中で私はいつまでも統合失調症発症時の8歳のままだし、「やり直したい」「家族3人で暮らそう」と何度も言われていた。
だが、私は精神疾患を甘く見ていて、この選択は間違いだったと今なら思う。
事後報告後、驚かれはしたが、別段いつもと同じように見えたのでそのまま新居に帰った。
1か月すぎたあたりから、通話の中で、もともと母親だけ入信していたキリスト教の話が増えた。
「仏教を信仰してると天国に行けませんよ」とか「聖書読みましょう」とか「ノアの箱舟」「アブラハム」の話をされたり
「祈りをささげてたら天啓がきた。増田ちゃんに試練があるとの預言です。」「夢に黄金の盾が出てきた。増田ちゃんは大丈夫」「イエス様に感謝します」
電話越しに讃美歌を歌われた。アカペラで。歌うまいね~って言っといた。
嫌な感じだ。
母親の統合失調症が一番酷かった時、家族皆で取り押さえてマンションのロビーまで引きずって、深夜に救急病院に連れていった。
でかい総合病院の中は非常灯しかついておらず薄暗くて、精神科だけに明かりがついていた。
その中で母親は泣きながら聖書を持って、医者に布教していた。私が8歳くらいの時のことだ。
このことを思い出した。
最近は季節の話とか、仕事は順調かとか、たわいない雑談をかわして通話は5分で終わりだったけど
あとはいつも私が子供のころの話ばかりする。多分時が止まってるんだと思う。
再発の予感がする。
父親にLINEしたが、父親も母親に辟易しているし、仕事は出張ばかりだ。
実際、「俺はもうすぐ死ぬから、あとはよろしくな!まあ母親の顔つきはまだ大丈夫だから…病んだらもっとヤバいから」と言われたりする。
ヤバい顔つきになったら手遅れだろそれは。向き合え。
実際母親は薬を長年飲み続けて今は落ち着いたが、代わりに脳味噌が綿になった。
まず知識が衰えたというか、欠落した。
電車の乗り換えができない。
私は実家がある千葉から神奈川に引っ越したけど、距離感が理解できず「増田はものすごく遠いところへ引っ越した」と思っている。
相手を慮るとか、想像力を働かすことができなくなったから、純粋な悪気のない自己中と化した。
「自由にさせろ」というと逆効果なのはもう学んだので流すようにしている。
今彼氏がいて、このままならこの人と結婚すると思うけど、母親と会わせたくない。
父親は「結婚するなら、精神障がい者の母親の存在を受け入れてくれなきゃねえ」と言ってて、
母親は「私は正常です!私が精神おかしいことは彼氏には絶対言うな!」と板挟み。
私は
「存在は言うけど、母親と彼氏(彼氏側の家族も含める)は極力会わせない。」
彼氏がもし将来夫になるなら、実際に会って面倒を見てもらうとか、施設へ行かせる老後資金を援助してもらうなどは絶対にさせない。」
と決めている。
母親をどうすべきか?
母親とどう付き合っていくか?でこんなに悩んでいるの、本当に時間の無駄で無性に腹が立つ。
大抵の人は、喧嘩でも雑談でもなんでも、両親と会話のキャッチボールができているというのに。
私は母親とのLINE通話後、その日はそれ以降一切仕事ができなくなる。
5分程度で終わらせていた通話も最近は20分30分。宗教の話を始めると止まらない。切って終わったと思ったら2回くる時もある。
再発が怖くて、毅然とした態度を取れない。
通院は続けているが、本当はかなりギリギリな気がする。
本当は「あなたから離れたい」「縁を切りたい」「金輪際関わらないでほしい」と言いたい。
それで病んで自殺したりしても悲しまない。むしろ肩の荷が下りるだろう。
タイミングを見計らっている。
彼氏と彼氏の家族に1度会うまでは、正気でいてもらわなければ。
もしくは、もう今のうちから突き放しておくべきか?
吐き気がしてきたので終わる。
2000年代に大学内でゴスペルコンサートをやっていて、それを聞きそびれた...的なことをスタッフらしい人に話したら、ゴスペルコンサートを聞きたかったら休みの日に来てと言われ、ついていった教会が統一教会系のやつだったんだろうなと今では思う。
ミサ中にイエス様を信じたらすべてがうまくいったみたいなことを弾き語りしているおっさんがいたりして、ショーとしてはなかなか面白かったけれど、信仰心は抱かなかったな。
ミサが終わってから、交流会があり、同年代の信徒による熱烈な勧誘もあって、聖書を信じて生きていたらうまくいったみたいな話をずっとされたのは覚えている。
ちなみに、ワイはカトリック系の学校に通っていたのでキリスト教にそんなに抵抗はなかった。
逆に、カトリック系の学校に通っていたからこそ、神父とその教会の牧師の振る舞いのあまりの違いに違和感しか覚えなかったんだよな。
信者たちが固い椅子に座っている中、牧師はショーをふかふかのいかにも高そうな牧師専用ソファーから見物してたんだな。
俺が通っていた学校の神父はミサ中にちょっとそれぞれでお祈りをするみたいな時間は安っぽそうなパイプ椅子みたいなのに座ってたから、牧師が高そうな椅子に座っている光景にものすごい違和感を覚えた。
カトリック系の経験がある自分からすると、ものみの塔の人のほうがまともな感じがする。
まあ、カトリック系で学んだ知識をもとにいろいろと勧誘の人と話をしていたら、興味がある人だと思われて聖書のお勉強に誘われたので固辞したんだけど。
脳みそ足らないやつは黙っとけ
キミはアホな逆張りしてないで万が一の際はちゃんと自分自身が生活保護の手続きが取れそうかだけ心配してなさい
どこの国でも知能や精神に問題がある人が必要な手続きが取れず福祉から漏れてるぞ
同シェルターが設立されたのは2001年12月。岡田武夫大司教が、カトリック新聞に「野宿生活者の緊急一時避難場所―対応遅れによる死を防ぐため―」という記事で寄付を呼び掛けたことがきっかけだった
https://www.christiantoday.co.jp/articles/22858/20161222/ima-urgent-shelter.htm
はてなーっていうのはインテリぶる割には自称「低学歴」とか「風俗嬢」とかの文章が意外と好きで、
「○○とは思えない!」だの、どうせ買いもしねえくせに「小説書いたら?」だの、マウント取りつつ無責任に持ち上げる、そういう奴が結構いる
正直こいつら古の泣きエロゲオタと似たようなメンタリティしてんなって思っちゃうんだけど
それはそれとして、このはてなーのキモい性癖には「自分のお気に入りの内容・属性かどうか」だけで文章力のあるなしまで勝手に判断するという、なんとも悪いクセが出てるように思う
あくまで個人的な考えなんですが、文章力ってそういうもんじゃない気がするんですよ
エロゲとかで言ったら、好きな属性ばっかりのキャラなら萌えるのは当たり前で、そこから外れたキャラを好きにさせたり、しまいには自分の性癖ごと捻じ曲げたりするからこそ、そこにはパワーがある
どっかの芸能人の悩み相談とか婚活ブログとか、あとは聖書のイエス様のたとえ話とかみたいに、そのまま言ったら炎上するようなことをどうにか燃えないように伝え、
今って昔みたいな「国民的○○」みたいなのはあんまり流行んなくて
代わりにプロダクトもキャラクターも言論も報道も何もかも、特定の属性を狙い、ひたすら身内ウケだけ当て込んだ、そういうものがそこら中に溢れている
確かにそれらは商品としては優秀かもしれないけど、最初からお仲間以外には響かない
思わず自分の立場や意見を変えてしまいかねないような力が、間違いなくそこにはある
まあこういうのも「マツコデラックスの言ってることをマツコ以外が言ったら炎上する」みたいにキャラクターに依存する部分もあって、決して万能とは言えないわけですが
とにかくこれだけは言っておきたい
つまり、あなたも統一教会関係者と疑いをかけられる可能性がある。このようなセンシティブな話題に言及するときは、「詳しく知りません」ではなく、「私は統一教会と一切関りがなく彼らの活動に欠片も賛同していません」と表明しておくべきだ。
よくわからんのだけど、「詳しく知らない団体」に対して適当に「欠片も賛同してません」とか言っちゃうのは大丈夫なの?
欠片もなのかどうかとか活動内容も理念もなんも知らん団体に対して判断できるわけ無いじゃん。
というかキリスト教系の団体なら「イエス様は偉い」ぐらいの点は一般キリスト教信者と共通部分があってしまったりとかしないものなん?
そういうのを誤魔化すようなことを書いたら、知的に真摯でないことに攻撃的なエリートはてなーのたぐいとかめっちゃ怒るのでは?
ヴァチカンが同性婚を祝福しないのに文句を言ってるゲイかつキリスト教徒が紹介されているけど、アホとしか思えない。お前ら本当に聖書を読んだことあるのか?
聖書の同性愛者の扱い酷すぎて笑えるので少し紹介するね(翻訳は全て「新共同訳」)
それで、神は彼らを恥ずべき情欲にまかせられました。女は自然の関係を自然にもとるものに変え、
同じく男も、女との自然の関係を捨てて、互いに情欲を燃やし、男どうしで恥ずべきことを行い、その迷った行いの当然の報いを身に受けています。
正しくない者が神の国を受け継げないことを、知らないのですか。思い違いをしてはいけない。みだらな者、偶像を礼拝する者、姦通する者、男娼、男色をする者、
こんなことが書かれてる本を神の言葉とありがたがってるゲイのキリスト教徒がまるで理解できない。
死後イエス様に火と硫黄の地獄に蹴り落とされる己の罪深さに慄(おのの)きながらハッテンするともう気が狂う程気持ちええんじゃ。ああ^~~たまらねえぜ!
イエス「腹が減ったなぁ。おっ、あそこにイチジクの木があるぞ」
しかし、イチジクが実る季節ではなかったので当然そこにイチジクは無い。
イエス「なんや、イチジク無いやんけムカつくなぁ。お前の木からイチジクが実らんように呪ってやるわ」
そして後日、
弟子A「いったいイエス様はどうしたというのだ。季節外れのイチジクの木に八つ当たりをするなんて」
ペテロ「皆の者落ち着くがよい。これには訳があるはずじゃ」
弟子A「ペテロよ、いったいどんな訳があるというのだ。むやみに木を呪って枯らすなど、いくらイエス様の弟子とはいえ容認できぬぞ」
弟子B「そうだ。手をかざすだけで人々の病を治し水上歩行するほどの奇跡を起こしたイエス様なら、イチジクの木を実らせることなどたやすいはずだ。たとえ奇跡の力を使うつもりはなくとも、呪いをかけて木を枯らすこともないのに」
ペテロ「そうか、わかったぞ。イチジクの木とはイスラエルのことじゃ。つまりは堕落したユダヤ教が滅びることを暗示していたのだ。そして、将来はイエス様の愛によって世界が救われる福音の時代が来ることに間違いなしじゃ」
弟子A「なんてことだ、イチジクの木を呪ったことにそんな意味があったとは」
弟子B「イエス様の深い御心にそこまで気が付くとは、さすがはイエス様の一番弟子のペテロだ」
――
アイドルの熱愛発覚、匂わせ発覚でいつも思うこと
例えばだけど、聖書に書かれていることだけがイエス様の全てではない(と思う)けど、キリスト教徒は聖書に書かれているイエス様を信仰している訳じゃん。
聖書に書かれてないところで仮にイエス様が教徒が幻滅するようなやべえことしてたとしても、それを知る必要性が無いのよ。教徒は。
まして礼拝中に信仰対象が自ら「聖書に書かれてることの裏でこんなことしてたよ!聖書とか全然ウソ!」って半笑いで暴露してきたら発狂するでしょ。
「アイドルだって人間なんだから恋愛くらいするよ!」とかそんなの分かってるよ。
だけど、そこらにいるただの人間では無いじゃん。
普通よりちょっと可愛い程度の見た目で歌もダンスも中の中だけど、恋愛を隠す努力しないどころかSNSで彼氏の匂わせしまーす!みたいなアイドルを特別な子だと思わないよ誰も。
なんていうか、変な言い方になるけどもっとみんな教祖や神としての自覚を持って欲しい。
普通の女の子、普通の男の子と同じ事がしたいなら普通の女の子男の子になってからすればいいし、アイドルの立場を使って恋愛するのなら、それは普通の子と同じ普通の恋愛ではないじゃん。
だから例えファンに見えないところでそういう恋愛をしていても、それを隠し通すのがプロでは?と思ってしまう。
なんでアイドルだけって話にもなるけど、アイドルじゃなくたって、普通の人よりも私生活にも制約が生まれる仕事なんていっぱいある訳で、その制約がアイドルの場合は恋愛ってだけじゃんと思う。
化粧しちゃいけない、香水つけちゃいけない、市販の薬飲めない、SNS禁止、寮生活必須、とか、どんな仕事にだって大小様々制約はあるよ。でもそれを分かってプロになるんじゃん。仕事にするんじゃん。
仕事の為に恋愛を自制や自己管理できないのなら、普通にアイドル向いてないと思うし、そのまま続けても大成することは無いんじゃないですかね。
アイドルやめな。
祖母がお見舞いに行く前に死んだという話ではない。
祖母はまだ生きてる。
生きてるけど、もう会話もできないくらいに弱ってる。
夏に帰省した時はまだ自分でトイレに行ったりできるくらいには元気だったけど、先日倒れてもう長くはないそうだ。
だから、倒れたとの報を受けた時も来るべき時が来たって感じで冷静だったと思う。
母からできるだけ早くお見舞いに来るようにと言われ、都合をつけてお見舞いに行った。
このとき祖母の状況を詳しく聞いていなかったから、病室で自分で体を起こすこともできず、会話もできない祖母を見たとき大きな衝撃を受けた。
思えば祖父はふたりとも亡くなってるし、伯母も亡くなってるけどどれも子供のころだったり、ぽっくりだったり、事故だったりで、身内が衰弱していく様を見るのは初めてだった。
ともかく大きな衝撃を受けて、衝撃から立ち直るときに仏様を幻視したのだ。
仏様はそっと微笑んで、OKマークを示しておられた。(あのOKマークってどういう意味なんだろう?)
TVを除けば、最後にまともに仏様を見たのは高校の日本史の資料集かもしれない。
一番わかりやすいのは理不尽で無力な状況における八つ当たりの対象だ。
仏様はすべてを受け止めてくださる、などと普段から考えているわけではないが、そう考えると一応説明はつく。
でも、なんで仏様だったんだろうか?
イエス様でもなく、ほかの宗教的アイコンのいずれでもなく、仏様だった理由は?
やっぱりなんだかんだいっても身近だからだろうか。
けど、私にとって仏様と言えば立川に住むパチモンが一番身近なのだが。
そもそも私が幻視した仏様のオリジナルはどこにあるのだろうか。
とっさにあの微笑みを思い浮かべられるほど仏様を凝視したことなどないと思うのだけれども。
私の脳が作り出したにしてはあまりにも堂のいった微笑みっぷりだったし。
わからん。
私の脳はどのようなシナプスを経てあのイメージを作り出したのか。
脳機能に詳しい方教えてください、
あと、こういった体験は普遍的なものなのか詳しい方教えてください。
誰もこんな僕を知らないんだろ
僕が話すことや行動だけ見て僕が死にたがってるだなんてなんにも知らない家族や他人 うざいんだよ 死ね 死んで見せつけてやろうか でも死ねないんだよ 死ね
僕が元学年トップだった過去なんて誰も知らないんだろ 死ね 誰からもただのバカで低脳クズ扱い 死ね
今見てろクズ共 見返してやる なんて思ってなんにも出来なかった もう何も戻れないんだよ 死ね
それまで学校休んだことは無かった 部活も周りがサボる中絶対にサボらなかった
宿題も泣きながらやってた
塾ではベスト5に入るようになった
中学に上がって平然と30点を取ってる人が信じれなかった
逆にどうしたらそんな点数が取れるのかと疑問に思ってた
小学生からその時までずっと優等生だった 逆の気持ちなんてなんにもしらなかった
そこで僕は不登校になった
久しぶりにテストを受けた 何にもわからなくて初めて0点を取った
普通の人というのは普通にしてるだけで普通に点が取れることがわかった
でも1度でも落ちぶれると普通の人なんかよりも絶大なエネルギーがないと普通になんか戻れないんだよ
だから普通の人は普通じゃない人の気持ちはわからない 普通じゃない人は普通になりたくても中々なり得ない
とりあえず死ね
親に毎日のように怒られ、びくびくするようになった
俺だって学校行けない自分に絶望してたんだよ そして行きたかった 行けない自分を殺したいくらい行きたかった 自殺未遂なんか何回もした それでも行けなかった
そんな僕のことなんかなんにもしらず親は殴ってきた
無理矢理中学に連れていかれたことも何度もあった そんなことが起こる度に学校が怖い場所になりいつのまにか同じ年くらいの人間の声がするだけで心臓がバクバクするようになった
中学3年間家に引き篭もって2ちゃんねるとゲームに浸る日々だけですごした
勉強なんかできなかった
それでも学校に行けない自分が嫌いで、普通の人のような人生を送ってないような自分が嫌いで、不登校になるかもしれない覚悟で少し遠いDQN高校に入学した
そこには同じようなクズ達がたくさんいた 最初こそ同年代の人間がいるだけで恐怖でしかなかったけど慣れていった
ヤンキーは怖かったけど実際悪い事言われたことはなく良い奴らだった
途中2週間ほど学校に休むこともあったけど必至にノートを写し、宿題は完璧にし、流されない自分を作ろうと頑張ってた 休んでても特に何も言ってこない奴らで良かったと思った
それでも傷つきやすく、極度の不安に陥り、負の連鎖が止まらなくなることが本当によくあった
僕にとって一番苦しい時間だった
だが段々と僕はその負の連鎖に陥りそうになった時に結論を求めるようになった
そうするとただ1つ「考えても仕方が無い」という結論に毎回なることに気付いた
これは本当に自分を変えた思考方法だと思う なにか不安になった時、考える間もなく結論を出すようにした そうすると本当に楽になった それから段々鬱のような症状は無くなっていった
自分が傷つかない様に変われた瞬間だった
緊張感が無くなった
怒られることに恐れなくなった
僕は高一の時は先生に真面目に思われてた
遅刻はしないし授業は真面目にノートを取ってテスト勉強もかかさずしていた
高2高3になるに連れて僕は失敗しても傷つかない自分を手に入れていた
そうなることで僕は毎日のように学校を遅刻するようになり授業中はほぼ寝るようになった
卒業できればいいと思いテスト勉強は最低限だけし、ノートに限っては1度もペンを握らなくなった
そんな今更戻れないクズが出来上がった
どれだけ怒られてもその場限りはいと言って何も実行できなかった
責任感が圧倒的に欠如した
理想だけを胸にこんなDQN学校じゃなくて真面目な自分や友達でまた自分をやり直したいと思って大学進学を夢見た
でも僕は勉強を実行することが出来なかった
それどころか頑張ることが何も出来なくなっていた
頑張ることが出来ない人間 この世界で一番醜くて認められない、更にその上理想まで夢見てる アホがクズでろくでなしが出来上がった
僕は浪人した 自分は家で勉強したかったのに父親がうるさく予備校にいけと行って無理矢理行かされた
そんなあからさまに酷いことをしてるのに何一つ責任を感じれなかった 焦れなかった 何円かかってるかわからないのにそれでも僕は責任感が欠如していた
僕は二浪した 自習室に行って勉強するようになった そこでも22時までの制限があるのに夕方の20時からしか行けなかった
10月になり初めて念願の自分の部屋を姉から譲り受けた 今まで僕は自分の部屋が無いから僕は勉強ができないと親に主張していた だからこんなにクズなんだと、自分の殻にこもれないから精神がおかしくなったんだと 自分でそう思っていた
そんなこんなで今日Fラン大学を受けてクソみたいなやり込んだ問題も解けなくて衝動的にこの文章を書いた
鬱病になったらもう終わりじゃん
俺に与えてくれたお金や経験や知識全てが0になった中学時代 いつまで背負えばいいんだよ
俺に誰も期待すんなよ 絶望すんなよ でも馬鹿にすんなよ 全員死ね 俺なんかなんにも出来ないんだよ 頑張ることが出来ないんだから 死ね
どうしたら緊張感を出せる?不安感を出せる?焦らせれる? 責任感を復活させれる? ググっても逆の答えしか書いてねえじゃねえかよ 死ね
おまけにコミュ障どもり症バイトもできない バカにされるのも嫌だ 逆転人生狙おうとしたけど無理だった ニートも嫌だ 就職も嫌だ 専門学校も行こうとは思わない
ここで大学に行けなかったら一生普通の人間に戻れなかった自分に後悔して死ぬんだ
もうどうすればいいの? 生きても地獄 頑張るしかないなんてわかってる って思いながら2年間を過ごした もうこの先は猶予がないだろ
なんで俺みたいな輝かしい人生を歩むつもりだった奴がこんなに馬鹿にされなきゃいけないんだよ 神様イエス様キリスト教信仰してずっと幼い頃教会に通っててずっとずっと純粋に信じてた
なにが信じるものは救われる? 信じても殺人事件で殺される様なもんだよ 取り返しのつかない不幸はどんな人間にも訪れてしまう なんで俺なんだよ 俺のせいで家族は不幸になるし俺はクズで何1つ責任果たせないし
殴り書きで初投稿 こんなクソ文誰も読まないかもしれんけど匿名だから勘弁してくれ