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はてなキーワード: 無責任とは

2024-05-20

男が欲しいのは「飯炊き女」としての妻か、無責任になれる女

どう取り繕おうがタイトルのとおりだよ。


飯炊き女ってのが分からないバカジャップオス諸君説明しておこう。

・性行為無責任中出し含む)

家事全般母親代わり)

子供を作ったら育児(当然親権は男親独占)

財産搾取(女に金を持たしてもろくなことはない。嫁の実家金も俺の金)

旦那のみの絶対隷属(当然女友達とも縁を切らせる。余計なことを吹き込むから


要するに奴隷性奴隷

パパ活おぢとかの「寂しいんだ!」ってのも上の項目満たせるなら寂しくないでしょ(笑)

真っ当な人付き合いなんかしてこなかったから寂しいって思い込んでるだけ。

新宿タワマン殺人犯人だって上記を満たすために趣味の車売っぱらって2000万作ったのに1つも満たされないかストーカーになったわけ。

特に無責任な性行為自分タイミングでしたい」ってのは男の欲求のものからね。

ぶっちゃけオマエラはオマエラのチンポに価値観判断支配されてるってだけだよ。

「男の加害性」なんてフェミさんが弱い言葉使うから都合よく解釈するバカおぢが発生してる。

ちゃんと「男の性欲はただの加害」ってはっきり言えばいい。ああ。言ってるフェミさんもいたなぁ(笑)


男の止まらない性欲への対価として「金をむしられている」ってのに何を同情しろっていうのかね?バカジャップオス共。

そこは大人しくむしられてろよ。むしろこの場合搾取無罪だろ。

だって「おぢへのサービスは女が決める」んだから何億もらってもオマンコ無理は無理なんだよ(笑) 諦めとけ。結婚オマンコも。マジで


あと俺はフェミさんは支持してないから。むしろ弱者女性」の皮を被って都合よくダブスタ社会生きてるダニ共ってしか思わん。

なので、俺は暇の人を支持している。Colabに関しては夢にゃんがバカやっただけで、金を払って頭を下げて行政書士弁護士に任せてりゃ暇に勝てたのに、バカプライドを振り回して勝手燃えただけなので。バカは存分に痛い目に遭えばいい。

他の団体だって同じようなもんだろ。書類ちゃんとしてるだけ。書類ちゃんとしてりゃあお上は何も言わないよ。だから夢にゃんがバカなだけ。


弱者女性」という欺瞞ダブスタ人生を送らない、風俗女性パパ活女子を支持する。

原始商売である売春ギリギリ回避(してないけど、自由恋愛っていう欺瞞マンセー(笑))してる彼女らが正しい。

チンポへの加害性に対して、その加害性を利用して経済搾取を行ってる。ちゃんとした対象性ある反撃だ。

おぢは、黙って貢ぐか、寂しいとか言わず一人で死ぬ覚悟を持て。まぁ、真面目に婚活しても詐欺師に引っかかる可能性はあるけどな(笑)

2024-05-19

1000万貢ぎ事件殺人では、どんなところが共感を呼んでいるのだろう?

1000万貢ぎ殺人で、某俳優夫婦不倫を思い出した

1000万貢ぎ殺人、よくある話だと思ったが、Xで想像以上に盛り上がっていた。

過去に某俳優が、妻がいながら10代の共演女優不倫していた事件があったが

それも同じカラクリで盛り上がっていたとおもう。

あの時は「双子育児をしながら仕事もこなして、夫の協力を得られない、夫に浮気を問いつけたら逆ギレされた」というストーリーに多くの女性共感し、憤慨していたように思う。

非常によくある話だが、辛い気持ち想像やすいためか、本来関係ないはずの大衆がやいのやいと言っていた。

蛇足

結婚すると言って破談になることなんてよくあるし、それが騙されていただけだった、なんてのもよくある話だ(本人は辛いだろうが)

それが飲み屋出会った関係なら尚更よくある話だ。

自分の知人にこんな独身おばさんがいた。

少し前まで彼氏同棲をしていた。10同棲していたが、結婚適齢期を過ぎても結婚するというわけでもない。

別れた後、男のほうはその後若い女とさっさと結婚してしまった。

要は「色恋絡みで損をした」という話なんだが、

周りのおばさんも「ドンマイ」「辛いね」くらいの慰め方で、男を糾弾する雰囲気はこれっぽっちもなかった。

私は、本当は男側が無責任関係を続けたいだけのようで、最終的に捨てられたんだろうな・・・と下衆な想像をして「惚れたもんは立場が圧倒的に弱いのか・・・」と学んだものだが

2024-05-16

ひとりぐらしでフルタイム場合どうやって野菜と魚を摂取したらいいの

冷蔵庫もないのに

コンロと電子レンジはある

でもレンジはこわれててターンテーブルが回転しないからあっためにかたよりがあるからあんま使いたくない

そりゃおれだって野菜と魚とりたいけど保存できないし調理もめんどくて大変だしさあ!!!

カネもかかるしさあ!!!

簡単にいってくれるよね!!!

健康食事ができるならこっちだってしたいよ!!!!!

じゃあそのぶんの時間とカネをくれよ!!!!!!

ネット無責任にあーしろこーしろっていうだけいって責任とらないやつらといっしょだよね!!!!!!

理想論ならいくらだっていえるしこっちだってわかってんだよ!!!!!!!!

カネをくれ!!!!!!!10奥くらいくれたらいいよ!!!!!!!!

仕事やめて存分に健康食事睡眠とか規則正しい生活おくるからさああ!!!!!!

日本ほろんでいいか国家予算全部くれよ!!!!!!!!!!!

2024-05-15

anond:20240515185544

風呂すらハードルに感じる連中が家庭を築ける訳ないだろ

貧困再生産だ

無責任な事はやめろ

一夫一妻をやめよう

・一夫一妻をやめる

子育てほとんど両親の負担を全力で減らす

 

無責任子作りOK

これしかないよマジで

 

なんなら昔はそうだった

2024-05-14

MBTIが記述する世界多様性について

MBTIなる性格診断ツール流行りだして以来から、長らく疑問だったことが最近自分の中で肚落ちした気がするので述べていこうと思う。

というのも、なにか当たり前のように「MBTI何?」のような質問が飛んでくることが多くて、そのたびにMBTIの名前を借りただけの16診断を何をもってそこまで信頼しているのだろう、とか、なんで当たり前のようにやっている前提なんだ、とか、我ながらひねくれたような気持ちを抱いていたんだけど、そういう人々の一部が、どうしてそんなことを聞くのかが少しわかったような気がしたんだよな(もちろん、流行っているか話題の一つとして提供しているだけの人がいるということは理解したうえで、今後の話を聞いていただけるとありがたい。俺はENTPらしい)

それは、他人自分との違いに対する理解ものすごくざっくりとしている人がおおい、ということ。これは別に俺が他人をすごく理解できるというわけではなく、むしろ俺はなぜそうなるんだ?と他人との不理解を繰り返して来た側なのだが、その根幹には「そりゃ自分とは違う遺伝子を持ってて違う環境で育っているのだから価値観能力も違うよな」という、ものすごく当たり前の事実があったからで。

しかしどうやら、ここ最近この常識と思っていたところが常識ではないのではないかと思い始めた。親ガチャ、という単語流行っていた時にも思っていたのだが、俺がその単語に対して抱いていた「親が違うのであればそこで生まれ子供自分じゃないんだから、お前はその親のもとでしかまれることができないのでは?」というような疑問を突き詰めて考えていってたどり着いた結論が、世間の「自分」の定義ものすごく緩いということだった。なんとなく生まれ変わりみたいな思想がもともとある日本からこそ、「自我」や「魂」のような不変のものが、ただ今はこの器にいるだけ、のような認識をしている人が多いように感じた。つまり自分とは「魂」っていう思考になるんだよな。

そして、それは他者への無理解へとつながってるんじゃないだろうか?例えば、容姿に優れていない人は、容姿が優れている人なりの悩みを一蹴することがあるように。自分なら容姿が優れていたらそんなことで悩まないというような論は、ただお前がブスなう想像力がないだけだと思うが、「自分があの器に入っていれば」という理想論的なものがこの無理解的な感情論につながっているように思うんだよな。

つまるところ、本人が自覚的か否かにかかわらず、「俺か、俺以外か」という、ローランド的な分類で人を見ている人がこの世にはある一定存在するのだと思う。他者NPCのようなものに見えるのであればそりゃ無責任無理解発言も飛び出すよな(勉強できる奴が勉強めっちゃやっても結果出ないやつに対して努力不足に感じるのも自身から視点しかいからであって)

で、こういう人種にとって、きっとMBTIってものすごい発明だったんじゃないだろうか。いままで自分か、それ以外かっていう二パターンもっというなら自分と波長が合う人(理解できる人)と理解できない人がいる世界を、少なくとも16種類に分けて見せたんだから。この人はこういう種類の人なんだ、じゃあたしかに私とはこういうところが違うんだろうな、っていう他人に対する不理解理解するための、大きな手助けになったんじゃないかと思う。だから最初に、この人はどの種類の人なんだろう、を聞こうとするんじゃないだろうか。その人の世界にいる人間は、ポケモンみたいに16種類のタイプけがされているのだから、確かに俺も新しいポケモンが出てきたら何タイプか、考えてしまうし。

ただそれが少し、危うくなっている人も時々見かける。そもそも言葉とか分類っていうのは、実態とは必ずずれる。実態もっとふわふわした気体のようなもので、言葉とか分類とかはがっちりとした固体のようなものだ。あてはめようとすれば必ずはみ出るところがあって、だから俺たちはいろんな表現を尽くして、なるべく実態に近似するように人を評価していく。しかし、MBTIに記述された世界に生きている人にとっては、実態よりも分類が優先されているような気がする。本当は70億の人がいれば70億通りの違いがあるはずなのに。

ガキの頃は嫌いになればそいつのすべてが嫌いだったような単純的な評価しかできなかった俺も、ある程度年を重ねてそれが他人の一面でしかなく、たとえば仲間には情に厚いところがあり、それが翻って俺に対する攻撃性になっていたんだなとか、他人の顔色に敏感なこの人はこういう家庭環境が根幹になっているのだろうかとか、少しだけ世界解像度が上がったように感じている。

偏見申し訳ないんだけれど、たぶんMBTIを信じている人とかはこういう文章を読まなそうだから別にそういう人たちに届いてほしいわけではないけれど、意外と色眼鏡を外してみたら、人は多様で面白いよ、という話をしたかった。最近DeathNoteリュークみたいになっている。リゼロの人の人生追体験できる本、ああいうのすごく面白いよなあ。

オチがなくて申し訳ないんだけれど、何となくの雑感なので許してほしい。以上。

2024-05-13

anond:20240513195014

君らはAIバカと同レベルキチガイ集団である自覚がないんやね

キチガイ集団脅迫された結果リスク管理のために取りやめるのは普通

逆に何か譲れない物があるなら強行したっていいが

そもそも正常な第三者無責任に協賛やめろ・やめるなとは言わんのだよ

anond:20240513080843

追記

無責任に偉そうな事を言う増田にもブクマカにも俺の意見は変えさせない

だが俺の意見を受け入れるように貴様らが変われ、受け入れろ

まさにテロリストって感じ

同じことは何度でも言う

投稿だろうがなんだろうが

言いたいことは何回も言うんだよ

雨垂れ石を穿つ、無理が通れば道理も引っ込む

百回言えば変わる、変わらなきゃ千回言う、それでも変わらないなら万、億、兆回だって言ってやる

俺の意見が通るまで、てめぇらが認めるまでずっとしつこく言うよ

追記

無責任に偉そうな事を言う増田にもブクマカにも俺の意見は変えさせない

だが俺の意見を受け入れるように貴様らが変われ、受け入れろ

追記2】

囀るな、愚民

追記3】

貴様らは俺の思想を変えようとしているようだが絶対に変えない

俺を嘲り笑ったカスども、俺を揶揄したゴミども

貴様らは我を通せない軟弱者

貴様らは自分を貫けない雑魚

貴様らだよ、ブクマカ、身勝手トラバつけた増田

とあるアプリゲームの話

最初に言っておくが。私は誹謗中傷をするつもりは全くない。

ただ、作品を読んで「不快だ」と感じた気持ちを書き記したいだけだ。故に、その作品名や作者については記さない。

ただし、詳細は触れないが、物語簡単説明登場人物には触れるので、作品を読んだ事がある人なら分かるかもしれない。

(この記事がそこまで読まれるかはともかく)

だが、もし分かる方がいたら。見解をうかがいたいものだ。

件の作品は、集団自○を企てるサークルの話だった。SNSで知り合い、とある島に集う事になった彼等の群像劇…というか。

高校生社会人、様々な立場人物が登場するが、それぞれの動機には強弱があるらしく、その描写がわりと書かれていた人物と、ほとんどない人物がいた。

…というか。まず言わせてくれ。主人公的な男子高校生の行いが、まずアウト。自分告白してきた女子高校生乱暴するのだから


その場面(文章)は高速スキップした。見るに耐えないからだ。何故こんな場面を入れたのか。最初不快はここだった。

いや、不快云々より、普通に犯罪行為に該当すると思う。

いくら相手告白してきて、好意があったかもしれなくても、相手同意の無い行為犯罪しかない。


それを最初に「そうした行為を推奨する目的ではない」と断っていても、誰でも簡単インストールして読めてしまうようなゲームに入れた時点で問題があるだろう。


この作品に限らず、不快表現をするアプリゲームが多すぎる事にも辟易している。

総じて言えるのは、「ゲームを遊ぶ人への配慮不足」。文章にせよ、映像にせよ、目にした人がどんな気持ちになり得るのか。


全ての人への配慮が難しいとしても、せめてセンシティブ話題や、デリケートな内容を扱う時には、配慮や注意をする努力必要だと思う。その努力が、作品の中ではあまり感じられなかった。


作品テーマというか、作品を通じて言いたかった事が何なのか、よく分からない読後感も不快だった。


作者自身あとがきで「正解を書きたかったわけではない」というような事を書いていたが、扱うテーマが重たいものである以上、その書き方や提起の仕方には、もっと配慮必要であると感じた。


共感を呼びたいのか、投げ掛けたいだけなのか。描き方や配慮の浅い作品では、メッセージ性に欠ける。


現に、私はただただ「不快だ」という感想しか残っていない。作者や製作陣の頑張り…には申し訳ないが。


要は、中途半端なのだ。多くの登場人物を入れすぎて、一人一人の内情を想像する余地も少ない上、場合によっては理不尽に、残酷に命を奪われる人物もいる。


今、振り返ってみても、結局作品を通して何が言いたかったのか、よく分からないという一言で終わってしまう。


賛否両論が分かれるテーマはいくらでもあるが、あまり考えなしに投げ掛けるだけ、というのは無責任に思う。


(考えなしに、とは言ったが、作者の考えが全く無いわけではなく、確か設定資料?やら、あとがきやらに書いてあった気はするが、重さを感じない言葉だったので覚えていない)


他にも、人妻に接近し過ぎる独身男性や、グロテスク描写快楽殺人犯など、不快な要素は多々あったが。


申し訳ないが、二言申すなら、描写不足。配慮不足。これに尽きる。


人の生き死に、特に自ら望むような場面を描くのであれば、直接的な表現も含め、心理描写は本当に慎重に描くべきだろう。


敢えて軽いタッチで…という姿勢なら、描き方が浅すぎて伝わらないし、描く必然性が薄れる。


総じて、後味の悪い印象を覚えてしまった。ふと他の方の反応が気になり、レビューを見てみると、不自然な好評価コメントが並んでいた事に驚いた。


私の価値観押し付けるつもりはないが、この話はそうした次元コメント以前に、不快という感想が勝ってしまった。


残念ながら、不快と感じた事自体議論余地はない。私にとっては、何故この作品に高評価が付いているのか、といった事の方が疑問ではある。


これもこの作品に限った事ではないが、作品に何らかの共感や感動を覚えた人々の感性は、必ずしも共通する部分ばかりではない。


皆、自分に置き換えたり、単純に好きなキャラクターがいたから等、感想の抱き方も千差万別だ。至極当然だが。


しかし、昔から「名作」「素晴らしい作品だ」と言われる数多の物語において、多くの人々が共通して「良い」と感じる部分があるのも確かだ。故に名作は色褪せない。世代時代も越えて愛される。


ゲームに話を戻せば、私が生まれる以前のゲームにも、沢山の「名作」は存在する。


願わくば、そうした名作に浸り、感想を書きたいものだ。

2024-05-11

anond:20240511150235

でも絵や音楽ネットで凄い人眺めると打ちのめされるやで…

ボランティアは、いい人は凄くいい人だけど、極度の赤の人(共産党系)とか、ホメオパシーとか、この石鹸は食えるので、石鹸水の中でもメダカが死なないのよ、とか、

すべてはイルミナティとかユダヤの陰謀だとまくし立てられたりとか、なんだここ、ヤバいやつ博覧会なのか?みたいに思わせられることがあったりして、

ラーメンハゲお金を払わないと無責任な人しか来ない、ということを思い知らされたり、

そう思うと、集団行動にウンザリして、やっぱりひとりで自己完結する絵とか音楽の方がいいよね、と思って、

またネット見て、YouTubePixivみて、打ちのめされて…

2024-05-10

無責任キャバ店長タイラー、段々と見えてきた被害者像…

とにかく、凄い守銭奴だったんだな

しか経営が下手、一瞬で金を溶かす低い経営能力、金遣いの荒さ、自分店員給与を未払い、運転資金があっという間に底を付く…

客に愚痴として、運転資金が…、みたいなことを言っていたことは容易に予想できる

加害者はそこでお金を出すよ、助かるー、みたいな軽いノリの話だったのではなないか(少なくとも被害者側の感覚では

そこで結婚云々の話を臭わせた可能性も高いだろう

なにしろ被害者は店の経営継続することや、新規出店することしか頭にない

そういう上昇志向だけで足元やリスクを見ない駄目な経営者だったのは明らかだと思う

しかし、加害者側が出した数千万お金さえも一瞬で溶かしてしま被害者経営手腕

そんな状況で勘違いした加害者プライベートにまで入り込もうとするので、邪険にするようになり加害者が店内で暴力沙汰

出禁にするも、金を返せとしつこかったので、ストーカー規制にした…

そのうえ、最初自分経営能力の低さで運転資金を枯渇させたのに、閉店をすべてストーカーのせいにする始末…

理想論だが、彼女経営能力が高ければ、こうはならなかったのではないか

儲かっているのだから、無理に客に金を無心する必要はなくなる

客も、店が儲かってないだの運転資金がないだの、といった愚痴を聞かないですむ

ちゃんと壁を隔てた関係でいられたはず

端的に言えば、被害者女性は金に汚く、強欲だった

加害者勘違い男だった

anond:20240510144349

しょうもな

どうせ数日たったらその一行トラバ群も消すんだろ

ここんとこそんな奴ばっかりでうんざりするわ

昨日俺がトラバした増田に突っかかってきたトラバ

今日見たら両方消えてたわ何が無責任だよ

anond:20240510144128

あれれぇ~このおじさん無責任なヒトなのぉ~?

2024-05-09

anond:20240509180144

>明らかにクソ痴漢だし、

ど、どういうこと?元のような体験痴漢ではないと思ってるから「こういうのは無責任」みたいな感想が出るのだろう、という意味

anond:20240509011158

明らかにクソ痴漢だし、元増田がこんだけ懇切丁寧に説明してんのに、

「こういうのは無責任」だの「痴漢冤罪に対する怒りは痴漢本人に向けろなんて無理筋」だの「○○すればよかったのに」だの、よく言えたもんだな。

痴漢が同じ駅で降りてきたのは、「自分、堪えてませんけど?後ろ暗いことないんですけど?」アピかもね

anond:20240509105209

ハイまたも出ました「あっちのほうが悪いのになんでこっちだけ言うの?」という無責任の極み

遠くでどんなに悪いのがいたからってこっちが無罪になるわけじゃないんですよ

そうやって責任逃ればっかやってるから誰も支持してくれないんですよ

2024-05-07

anond:20240506154707

身もふたもなく理想だけ言えば無責任中出しセックスが最高でしかない

中出しってクッソきもちいいしな

性欲に従ってやりたいときにやれる女を大量にキープしつつ、正妻は確保して「良いパパ」の社会的ステータスも手に入れるか

良いパパになる必要性が薄ければ大量の女を孕ませてそいつらの人生自分の子孫を育てることに費やしてもらえればそれでOK

ただし無責任中出しセックスをされたい女なんかそういないので、仕方なく責任中出しセックスディスカウントする

それが結婚

2024-05-06

今日人身事故の起きた踏切の脇で、取り乱した男性警察の人が数人で囲んでいた。

何があったのかはわからないけど、「電車遅延人身事故」の裏で人が死んでるんだって強く思った。

いろいろ事情があるだろうから死ぬなとは無責任に言わないけど、電車に飛び込むのは本当にやめてくれ。頼むから

出来れば死なないでくれ。お願いだから

anond:20240506115921

ここで俳句解説するとボロクソ言われるのが落ちなので、リアル相談した方がいいよ。

…というのは、俳句は滅茶苦茶コンテクスト文脈)に依存する芸術からだ。短歌31文字が対決的な文化(歌合せとか)を成立させてきたように「向き合う他者」に言葉を届ける能力もつのに対して、俳句は仲間内のような座の中で成立してきたように「コンテクストを共有する仲間」の間で盛り上がるタイプの道具であり、背景となる文化文脈を共有していないことが多い現代社会特にネット上)では、説明したところで、「そうとは限らないのでは?」みたいな突っ込みが山ほど入るのが目に見えてる。「なんでそう言い切れるの?」「必ずしもそうとは限らない」etc……いやうるせえわ。俳句ってそういうモンなんだから仕方ねえだろ。


それを踏まえた上で、可能な限りの解説をするぞ。長いので暇人向けだ。ちなみに、調べて作者名見て「あー」(嘆息)と声が出そうになってあと調べるのはやめた、から、ほぼ推測のみで書く。まあ、ちょっと古い昭和俳句だわ、くらいに思いながら聞いてくれ。ちなみに、俺はこの句、一読して「短歌的な俳句だ。それだけに、短歌増田が感心したのは分かる」と感じた。俺自身は、こういう俳句は作らないと思う。理由は後述する。

「ここで昼餉(ここでひるげ)」

初手から6字で字余りだ。字余りについては今更説明しないが、基本的にはあんまりやらない。なぜなら、基本的にはリズムを壊したり重たくしたりしてしまうからだ。わず17字でつくる詩で、およそ1/3のリズムが崩れかねないというのは、かなりオソロシイことだ。逆に言えば「その危険を押してでもやりたい」と作者が判断したときだけ、リスクを背負ってやる。素人にはあまりお勧めしない手法だ。さて、作者はわざわざ字余りをして、「さあ、この辺(の場所)で昼飯にしようかな」というメッセージを伝えているわけだ。何とも人を食った話だが、昼飯の場所が決まっていないということはこの人が日常の中にいるわけではないことを暗示してる。まあ、単に定年で暇になって毎日あちこち公園やらデパートやらで飯を食ってる爺さんという可能性もゼロではないが、後で出てくる夏という季節にそんなことをする爺さんもあまりいないだろうから、ここで作者はそれなりに若く、夏の最中に野山を歩き回っていると推測される。これで一気に「作者の年齢、場所、状況」に関する情報が得られるのだから、字余り使った値打はあると言えばあるが、それ以上に作者がここであえて句のリズムをもったり重たくさせたのは、「いい年したおっさんが夏の昼間にハイキングしてる」という「のんびり感」を演出しようとしたためであるかもしれない、とも推測される。その意味では、この初句、のんびりして見えて人を食ったような、それでいて計算もあるやり手の初句だ。ちなみに、この初句、体言止めで切れる。俳句はやはりどこかで「切れる」ことが推奨されるが、それは句の焦点をはっきりさせるためだ。句切れの前に焦点があるか、後にあるかはケースバイケースだとしても。

ただ、それにしても「ここ」が山とか自然の中、は分かったが、どんな場所なのか、また、ここで昼飯にしようと思ったのはなぜか、作者はいまどんな気分なのか、とかは分からない。それは、続く部分で種明かしされる。(よって、ここでは句切れの後、つまり「種明かし」パートが句の焦点だと考えられる。)

「真赤な夏の/花佇つゆゑ」

最後に「ゆゑ(故=理由)」とあるが、普通に考えたらこれまた俳句では普通やらないおきて破りである。句の中でこういう「理由の明示」みたいなこと、ダメだろ普通。なぜかというと、基本的にカッコ悪いからだ。たとえば「閑けさや岩にしみいる蝉の声」を、「蝉の声岩に染むゆえ閑かなり」とかやったら、なんかいろいろ台無しだろう? ネタ晴らしというかなんというか、たとえそういう意図を込めていたとしても、言わずにそこを感じさせて感心させるところがさあ、まあ句の仕掛けなんだから、答え言っちゃったらもう何かダメじゃね?とふつうはまあ思うんだよ。でもこの句はもう少し進化した句で、理由を言っちゃった上で「え?それが理由になるん?」と読み手に突っ込ませることを狙った作品なのだな。突っ込みさせた上で、「え……理由…?………になるんか、…ならんこともないか、うーん、なるほど」みたいな。最初のんびり路線がここで効いてくるわけだ。作者は「それが理由なん?」という突っ込みに対して"のんびり"という姿勢をとることで「それが理由ですが、何か?」と返してきているわけだ。そうやって自信満々に言われるとなんかこっちが間違ってる気もするし、そう言い切られたらそうかなあ、と少し納得感がないでもない……と思わされた時点でもう作者の術中に落ちているのだ。この作戦、小難しく解釈しようとする人であればあるほどハマる。

もっとも、そういう、突っ込みさせつつセルフ納得もできる「微妙な線」を狙うのはなかなか難しい。だから、それを実現させるために作者は2つほど仕掛けをしてる。

一つは「真っ赤な夏の花」だ。これ、普通なら夏に咲くそ花の名前を入れる部分だよな。たとえば朝顔ならアサガオ向日葵ならヒマワリ……だいたい花の和名なんてそんな長いものじゃない。少なくともただ花それ自体を指すのに9字も使うのって、俳句始めたての人の句なら真っ先に直されそうな部分だ。でも、その上でだ。聞いてみるけど、この花何だろうな? 日本の、ハイキングで行くような野山に、真夏に「真っ赤」な花なんて咲いてるか? あとで「たつ」という言葉がある以上、人の背丈程度には高さがあってすっと伸びた草花だ。さて何だろう? 作者の答えは「知らん!」だよ。知らないから「真っ赤な夏の花」なのだ。おいおい、そりゃねえだろ、と読者に突っ込ませておいて、そこで作者はぬけぬけと「だからここで飯にするんだ、悪いか?(ニヤリ」とやってくるわけだ。無責任適当にやってるように見せながら計算もあり、でも基本的楽天的天衣無縫な語り口の句だ。それが初句の「のんびり」加減と相まって、この句に独特の雰囲気を醸し出していることは否定できない。なんだったらここで笑い出しちゃうような面白みがある。

二つ目は「佇つ」だ。学のある人をこれで引っ掛けようという腹だ。この字、音数から考えれば「たつ」と読ませているのだろう。だがこの字に原則として「たつ」の読みはない(少なくとも家にある広漢和辞典(全四巻)でみる限りはない)。一般的な読みは「たたずむ」で、じーっと立っている、という意味だ。「たつ」に宛てたのは、その意味を合わせて感じさせたかたからであろう。花はいつまでもじーっと立っているのだから人間が「立つ」のと同じ字でない方がいいんじゃありませんか、というか、「佇む」には途方に暮れて立ち止まる、みたいなニュアンスも漂う。何か、その夏の花が所在なくじっと立っているので、仕方なくしばしのひと時を一緒に過ごす、みたいな感じだ。なんだろう、ひょっとしてこの「真っ赤な夏の花」というのは、山道を歩く途中で一緒になった、真っ赤なサマードレスを着た女性か何かの比喩なんではないだろうか、みたいな、そんなちょっと色気みたいな解釈深読みが(実際、俳句読みはその手の暗喩創作をよくやる)この「佇」一字から立ち上ってくるのである。そうなると、花の名前が特定できなかったことも、何だかそのための仕掛けであるようにすら見えてきて、うーん、と悩まされるのだ。当然、そこまで考えての、このルール違反用字である

結果、山歩きの途中花の下で飯食うかあ、というだけの句が、俄然ストーリー性、物語性、ロマンスの色彩まで帯びてくる。が、もちろん現実にはそんなことはないのであって、実際ただ飯をくっただけなんですけどねー、という緩い種明かし(そもそもそんなロマンスが勃発したら俳句なぞ作っている暇はないので)を前提に、その幻想を楽しむ、そんな句ということに落ち着くわけだ。

そんな風に、この俳句はなかなか外連味(けれんみ)のある、仕掛けとイメージてんこ盛り、物語調の俳句で、実に面白いと言えば面白い、一般的俳句の目指すところとはちょっと外れた句だ。一般的俳句もっと、瞬間的、即物的、断片的に風景を切り取るのが基本なので、まあ普通は「季語感情」でつくるとこから始めるのが適切だろう。この句も、山道で赤い花に出会った瞬間の感情を句にしてると言えなくもないが、それにしてはいろいろな仕掛けが人を食っていて、また、無用物語調で独特だ。一般的俳句なら、たとえば「握り飯ハイビスカスの色に染む」とかでいいわけだが、この句はその瞬間の風景以上に、遊び、のんびり感、山道を歩いてきてよいしょと腰を下ろすそのしぐさ…からああ花がきれいだな、という一連の感情を全てこの一句に込めようとしてるのだ。これを17字でやるのは、本来かなり無理筋なので、普通はもうちょっとワンショットに切り分けようとしたりするか、あきらめて短歌にいくかするだろう。その無理をやってる(そして、そこそこ成功もしてる)のがこの句の面白いところで、たぶん短歌増田が感心したところなんじゃないか

まあ、こういう句、狙って作るのはなかなか難しい(ちなみにこの作者・中村草田男は、こういうのをやたら作るのだが、ひどい失敗も多いので有名な人だ)。そういう意味でも、まあなかなかない句ではあると思う。あと、何も知らずにいろいろ書き飛ばしたので、もっと知ってる人から突っ込み入れてもらえたら感謝する。

2024-05-04

anond:20240504195618

受け入れないでスルーできる人ばっかりならいいが

製造責任者無責任なこと言ってるの許せないやつもいるだろ

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