はてなキーワード: 仲間意識とは
両親は共働き。
2歳か3歳くらい、歩いて喋れるくらいから保育園へ通っていた。
そこに始まり、おおよそ常識と呼ばれるものは親に教わっていないことを後に知る。
特に洗顔・歯磨き・手洗い・うがい。あと交通ルールと他人の家でのふるまい。そもそも親がしているのを見ないのでなかなか習慣付かなかった。
小学校に上がり、数字がただそこにあるものではないことを知る。みんな当たり前に20くらいまで順番に数えられる。その前提からスタートしてる衝撃。幼稚園はお勉強があるらしいが保育園は自由だったからなぁ……。絵本好きだったので文字は読めた。
家でTVは付くものの、時間的に終わってたり、そもそもアニメ見てると怒られてたために小学校内で誰とも話が合わない。
たまにドッジボールに誘われてもぶつけられるのがメインであるため次第に参加拒否。あとバラエティ番組の真似が流行っていて、雑巾を人の口に突っ込んで笑いまくってる人たちがいて、アレとは少しでも関わらないでいられるように避けまくっていた。
あるとき何の気の迷いか、父が古本屋でときめきトゥナイトの4巻?とかを買ってきてくれた。マンガというものを初めて知る。読み方がわからないし中途半端巻なので何も分からない。
小3か、セーラームーンが好きな子と知り合えたためセーラームーンだけ視聴許可が出る。学童でセラムンの話をするか児童館の本を読んで過ごす。
アニメは引き続き禁止だったが、ニチアサは親が寝てるため見放題だった。当時やってたのは美神とかたるるーとくんとか。ママレードボーイはOPは覚えてるんだけど中身を一切覚えてない、やはりエロは強い。
小4か小5くらいに学校にマンガを持ってくる不逞の輩が出現し、クラス中でマンガが流行る。
マンガとの初めての真っ当な触れ合い。
ただ学校は当然マンガ禁止なので、放課後、親が帰ってくるまでの間に借りたマンガを隠れて読む。
マンガという共通の話題で人と話せるようになったが、「あいつが触った本は汚い」といった言われ方をされるようになり、借りられなくなり放課後古本屋に入り浸るようになる。
そういえば当時「横断歩道の白線からはみ出たらがんになる」というルールが流行っていたらしいのだが、私には「白線を踏むとがんになる」と伝えられていた。地方によってルールが違うタイプかと思っていたけど、白線に乗るのが正ルールなのは全国共通っぽい。まぁつまりそういう扱いだったってこと。
まぁそんな感じで「常識」「普通」を知らないために、どうしても日常のあらゆることで齟齬を起こすしつけ込まれてバカにされる。
そして変人、おかしい人、問題児といったレッテルを貼られ何においても仲間外れにされる。
小5頃から、絵を描かせてスゴーイと言いながらプークスするような女子のイジメが始まる。絵を人前では描かなくなるが、手を変え品を変え「ちょっと親切にして裏切って反応を楽しむ」「おだてて木に登る猿を見て嘲う」みたいな手口のイジメが私に対して流行るようになる。
修学旅行の班決めがその最たるもので、班決めを嫌がる私の態度辺りから親が中受を決意。
で塾に通うようになってからラノベの存在を知る。スレイヤーズ。オーフェン。
富士見ファンタジア文庫にハマり、塾をサボって本屋の文庫本コーナーで何時間も立ち読みするようになる。
教育ママが激しくなり、叩かれながら必死で勉強する(なお母は今「親が子に手を挙げるなんて信じらんない」とワイドショー見ながら憤っている)。
再度マンガゲームアニメラノベが禁止される。父が気まぐれで買ってくれたときめきトゥナイト4巻?、前後をこっそり買い溜めてあと2冊でフルコンプとかのところ、あえなく捨てられた。
ゲームは触れる機会がなかったのでその時点では特になんてことはなかったのが、ポケピ・テトリス・たまごっちといったキーホルダータイプのゲームに触れてしまいアウト。
借りたテトリスが見つかり母親に金槌で壊されてしまう。塾の友達には無くしたと言い張り、弁償しろと言われるも無視して逃げ回り縁を切られる。
中学受験は成功し女子校へ入学。親の帰宅までアニメが見られるようになる(黙認)。遅ればせながら友達からポケモンの存在を教わりハマり、休み時間にやらせてもらう。また別の友人からコバルト文庫と京極夏彦を教わり、また別の友人から封神演義(アンソロ)を教わる。図書室で小学校の比にならない蔵書量に感動し入り浸る。月曜日はお昼を減らしてジャンプを買いキャッキャする。
休みの日に遊びに行こうと誘われて行ったのが作者サイン会で、サイン本は残念ながら母に見つかりライターで着火・水道水で消火の上ゴミ箱に投棄された。
ネットは父の気まぐれ(いい方)により1日1時間制限で許可。1時間なので基本は学校のPC室。家にパソコンない子が携帯から夢小説読み過ぎて請求がン万来て親に怒られたみたいな話も聞いた。自分は携帯禁止。
毒吐きネットマナーでマナーを学び、18禁サイトでアクロバティックな性癖を巡り、自分でもとほほのHTMLを見ながらテキストサイトを運営し、レンタルBBSを設置し、絵茶をし、小説やマンガを書き、友達と「ファンに家特定されてストーカーされて警察沙汰」みたいなネット噂話とかしながらお互いのサイトを巡り合う。
小学校時代を知る人がいないし、話が通じないからとイジメてくる人がいない。エロ話を茶化してくる男もいないしまさに天国。
やっと人と人並みにコミュニケーションが取れるようになる。
親は敵だったので反抗期はかなりアレだったものの、オタクとしては幸せな中高生時代を過ごし、大学進学。
酒も飲めずTVの話題も分からず現実の恋愛もオシャレもしない女にできる会話はない。(オシャレは禁止されてなかったけど、やろうとしてたら禁止されてたと思う)
ストイックに勉強だけするなら大学ってのもありだと思うけど、友達欲しがったのが色々と間違いだった。
ネットに入り浸り、人間観察「何が普通で何が普通でないか」「空気を読むというは具体的にどの状況でどういった行動を取るのか」の研究を始める。
バイトという実戦も繰り返し、結果「最低限の偽装はできるが『なんかおかしい人』であることを悟られないのは無理」という結論に。
そもそも我慢してウェイの言う『普通』をするメリットがないことも多く(例えば女らしくするとセクハラされやすくなるし、みんなで一人の欠点を嘲うのに楽しさや仲間意識を感じられない)、あと「『普通』じゃない人間が生理的に無理」という一定数の人に普通らしくふるまって見せるのはかえって逆効果であることもあり、今や偽装すら放棄してヤバい人のレッテル貼られたまま過ごす立派な社会不適合者に成長。
あとバイトで金を稼いだので特に合意なくマンガアニメゲーム解禁ってことにした。部屋が埋まるほど買ってるので反動〜〜ってなってる。
という訳で、結局のところ親がガチの「生活の常識」を教えないといけないのと、マンガアニメゲームを禁止すると小学校という最初の社会で孤立して深刻なコミュニケーション欠陥を抱えるので、なんでもかんでも制限するとこうなるよの悪い例として展示しとく。
以上のような内容が、あにまんというサイトの状況を交えつつ議論されていました。
ラウダの人気の無さと、彼に関するアンチ活動の活発さが特に印象的です。
また全体としてキャラクター描写や人間関係の描き方への不満が目立つ印象でした。
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全体として監督の考え方や作品の方向性に違和感を覚える人が多い印象でした。
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全体としてラウダの描写や監督の価値観への違和感、作品の倫理観のぶれを指摘する意見が目立ちました。
また、コンテンツの今後の展開を懸念する声や、対立煽りを警戒する姿勢も見られました。
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全体としてキャラクターの尺や描写の問題点を指摘する意見が目立ち、特にラウダの造形については制作側の意図と視聴者の受け取り方のズレが大きかったのではないかという分析がなされていました。
また、一部のアンチによる自演や荒らしが問題視されている様子も伺えました。
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全体として特定の荒らしやアンチによる組織的な活動が問題視され、作品や制作側の方針についても批判的な意見が目立ちました。
なんとなく、男性は「肉体関係を持たない存在」に心から執着する人がほとんどいない気がする。
もちろん男性にもラブライブの強い痛バもちとかはいるけど、彼らの中でも女オタクのようなガチ恋で、かなり禍々しい気持ちで痛バを組んでいる人間ははごく僅かで、男同士の仲間意識を確認するネタ的な印象を受ける(男同士の飲み会で謎に女を呼んでくる的なノリ)。
たぶん女オタの禍々しさに近いのは、風俗嬢のガチ恋客とか、ワンチャン肉体関係の可能性が確実にないとか言えない層だと思う。
そもそも男オタクと女オタクのガチ恋単推し系は、結果は同じでも過程が違う場合が多いと感じる。男オタクはあくまでオタクをしていて、その活動の中で一番を見つけるが、女オタクは、もともとオタクではないが、偶然なんらかの事情で推しを見つけて、三次元の同級生に恋するのと同じ感覚で恋に落ちてる、二次元と三次元の区別がないタイプの人間って、もともとオタクではなかった人間が一定数いる。このあたりも違いにあらわれていそう。なんていうか、推しに恋して彼氏を振る女は結構いるが、推しに恋して彼女を振る男はあんまりいない気がするんだよな。
あと他人への興味でいえば、女オタクはオタ活以外の身だしなみとか容姿とか、そういう全然関係ない部分でさえオタとしての序列に関わる謎にさはある。
でもヒップホップヘッズの言う“言う程ワルじゃない”は広すぎるグレーラインの半分より先のことを差すので(それは何かしらを吸引していることを示唆してるのか、フェイク語ってんのかのライン)
一般的な人のグレーラインはそれよりかは半分以上狭いので彼のことはアウトローに見えてしまうという
そしてヒップホップヘッズはラッパーたちがとても仲間意識の強い集団だという前提を知っているので『そりゃペドみたいなのが現れて仲間の子供に手を出されたらブチギレるよなぁ』と思うし
一般的な人はラッパー達がとても危ない人達だと認識しているので『た、確かに児童に手を出したがる人たちは気色悪いですけれど!でも、あなたがたがそんなこと煽動しなくてもいいじゃないですか!』となる
槍玉に挙げられたペドさん達は普通に自分達がとてもやましい行いをしたいという思想を持っており、割と救いようがないと思っているので早急に終わりたいと願っている。
男性の場合、同性キャラを嫌うのは、同性愛への恐怖、つまり、去勢恐怖が強くなり過ぎた結果だが、女の場合、そんなものはない。
つまり、女が同性キャラを嫌うのは、自分以外の女は存在さえ許せないくらいの、病的なまでの嫉妬のためか、男好きなのに異性恐怖・嫌悪・憎悪などを拗らせた挙句、自分が男に触れるのは嫌だったり、男が少しでも女で得をするようなことは許せないが、男同士でやってるのを視姦するのは大丈夫、という場合しかないだろう。
そして、そういう願望を正当化してきた挙句が、拗らせ過ぎた危険なメンヘラと、男性を完全に拒絶する女性の増加なわけである。
前者は、他の女と話しただけでも、嫉妬して殺しかねないタイプであり、後者は、一切男性との接触を断ち、女性だけの世界を妄想し、出来るなら全ての男性を排除したいと思っているラディカルフェミニストになりやすい。
当然、権力者たちは、前者の場合は、ニセ身分で騙して付き合い、ヤバくなれば、殺すか死を偽装して逃亡すれば良いわけで、連中にとっては増加しても、痛くもかゆくもないどころか、特定の相手を殺すためにも利用できるわけだ。
その意味するところは、権力者たちでさえ殺すことも飼いならすことも出来ず、裸足で逃げ出した超危険メンヘラだということである。
この手の女は、自分以外の女を全て敵だと思い、敵意むき出しで接するか、利用して罠に嵌めたがっているだけでなく、自分以外の女がチヤホヤするされることも許せないため、自分以外のカップルも許せないし、規制派のフェミになり、エロどころか、男が好きそうな女キャラが出てくることも嫌がる。
当然、自分以外の女が活躍するなど論外であり、表面上は喜んで、仲間意識を利用して、自分の都合が良いように操作したいと思いながらも、心の中では、常に、どうやって蹴落とすかを計算している。
この手の女が、ラディフェミのフリをして、本当のラディフェミをけしかけることは多い。
男性憎悪女性の場合は、似非フェミ団体で囲って、利用し、扇動し、最終的には全滅させたがっているのである。
そもそも、男性憎悪を拗らせているから、子供なんて作らないので、時間さえ立てば、そのDNAは全滅するのだから、フェミ団体で言いなりにさせてる限り、連中にとって大した問題にもならない。
いつもの通り、割を食わせられるのは、何も悪いことなどしていない一般人男性だ。
当然、男性憎悪を拗らせるきっかけも、権力者たちの工作以外にないわけで、この女たちは、自分たちを虐げて搾取し、ボロボに、した相手のために、彼らにとっての邪魔な一般人男性を攻撃しているわけだ。
まあ、この手の男性嫌い女性は、自分にさえ性欲が向かなければ良いので、ポルノは性犯罪を助長せず、むしろ減らすという正しい認識を持った場合、性的コンテンツに対して寛容になりやすく、また、同性への嫉妬はなく、女キャラや、同性が活躍する事も喜ぶ。
同性に対しても好意を抱けなければ、自分以外の女を犠牲にしようという発想になる場合も少なくないが、もしそのように手を貸す場合は、恐怖によって支配されていると考えて間違いない。
大抵の場合、前者の腐女子は、甘やかされ過ぎたせいでそうなるのに対して、後者の腐女子は、何らかのトラウマによって発症する。
前者の方が同情の余地が少ないし、実際に治療可能なのも後者だけだ。
というのも、前者のメンヘラというのは、幼少期くらい再び甘やかされないと何も解決しないが、そんなのはほぼ不可能である一方で、後者の場合は、根本原因であるトラウマを解消すれば、治療の余地があるからである。
といっても、前者の中にも、育ちは普通でも、より普通以下に落とされたせいで発症する場合もあり、この場合は、普通の状態に戻れば治癒し得る。
怖いものと、自分と主張の違う人たちの意見が見てみたかったのと、少し理解してみたかった。
純粋に二分の一くらいの人種を叩く意味がよくわからんかったのもある。
そしたら、うろ覚えなんだけど、めちゃくちゃおもろいレスがあった。
内容としては『俺は女が怖い、わからないから怖い。でも女が弱いことを知ってるから叩ける。大抵の男は俺より強くて怖い、俺が臆病だから女を叩く、それはわかってる。でも安心する』みたいなある種、賢者みたいな内容だった(気がする)
わたしはこれを見て女叩きしてる文字が滅茶苦茶人間に見えるようになった。
なるほど!と思った。
わたしも理解できないという理由で不快に感じるし、自分より弱いからという理由で強く出る事がある。
なんか、なんて言うのか、それが心の支えの人も大勢いるのならば、否定しにくいと思った。
主義主張相容れずとも、否定は出来んなぁ~となった。仲間がたくさんいて楽しいのもわかる。
生産的ではないし、例えばそれで人が亡くなってしまったら、全く正しくなんてないんだけど。
でもあのレスを書いた人間の、自分の弱さを可視化し、認める知性があるのに抗えない悲しさが人間過ぎて、肯定したくなる。
わたしにもそういう生きていくのに付きまとう悲しさがある。
でも結局、多くの場面では、否定するしかきっとなくて、相容れないんだよね。
悲しさの共有はきっと出来るのに、共存は難しいのって、なんか、漫画にありそう。
「長文お気持ちお家芸、マンさん乙w」とか言われるんやろうか……。
敢えて勇気を出して投稿してみたんだけども、これは女叩き全体がそうだ、わたしが正しい、という主張ではなく、こういう人もいるんだなと親しみを感じた話です。
ゆっくり茶番劇騒動で悪名高い柚葉(と思わしき人物)が、ある共産党と関係性が強いグループの一員になっている事が発覚したり
同様に共産党と繋がりがある界隈のトップクラス重鎮が、”そっち系”の動画を(やや不自然な形で)紹介していたりと
https://twitter.com/colabo_yumeno/status/1719802498717012386
共産党系のメディアが、所謂ゆっくり界隈やvtuber界隈に参入している事が判明している。
以前「統一教会系メディアとvtuberがズブである」というデマ記事が拡散された際、根拠となるソースの元記事が
統一教会系のメディアで「新しいメディアとして紹介された」程度の代物で、これでは騙せないだろうと思っていたら
案の定インタービューされた当事者と元記事執筆者から否定され記事を書いたライターが土下座謝罪する羽目になったが
あの程度の素人が見ても「これはあまりにも根拠が薄いのでは?」という情報を、前Qというオタク系ライターとしては有名人までもが
その評判を投げ捨ててまで躍起になって拡散していた事が疑問だったのだが、今回の一件でその疑問は氷塊した形となる。
※例の統一教会デマ記事は、仮に創価系メディアに掲載される=創価学会員というぐらいに安易な繋げ方であり、聖教新聞のインタビューを受けていたイケハヤらを即創価学会員認定するぐらい雑な陰謀論だった
要するに、「自分達がオタク系メディアに参入し若い層を取り込もう」としているから、対立する団体もやっているのだろう、と安易に認定してしまったのだ。
確かに統一教会系のカルトに限らず、大小様々なカルト団体はサークル等に偽装して我々に接近してくる。
大学時代、「サークル勧誘を装った宗教団体勧誘に気をつけましょう」という注意喚起をされなかった人間の方が少ないだろう。
最近ではボードゲーム(カタン)やTRPGのオフ会を装ったカルト団体(またはマルチ商法)の勧誘が増えている事もあり
その一環で共産党系のカルトがオタク系メディアから若者をカルトに繋げようとしているのだろう。
(当然、統一教会系のカルト団体が偽装している可能性も否定は出来ない)
古くは学生運動、一昔前ではSEALDs、最近ではColaboといった
「前面役には若者(らしき)がいて一見若者中心の集団を装っている、裏からはジジババ臭が漂う怪しい団体」が、共産党系の団体である例は多い。
大半の一般市民は騙されないか、仮に入り口で騙されても中に入ったら怪しさ・危険に気づき逃げ出すとは思うのだが
彼女ら・彼らカルト集団は、一般社会の集団から爪弾きに遭う様な、良く言えば尖っている、悪く言えば劣っている人間をターゲットにしているので
元より拠り所の無い人間はカルトに仲間意識・帰属意識を感じてしまい、取り込まれてしまう。
そして反社会的思想を植え付けられ、社会に多かれ少なかれ不快と迷惑をかける反社会的人間と化してしまう。
強烈な表現規制派である共産党系団体が、よりにもよって親の仇でもあるオタク系メディアを装って若者を取り込もうとしているのは何とも皮肉だが
現実にカルトがおかしなメディアを入り口にして取り込もうとしている危険がある以上、怪しいメディアには近づかない様に注意喚起をしていきたい。